産業懇談会【メールマガジン 産懇宅配便】 第200号 2019.1.31発行

メールマガジン■産懇宅配便■

平成31年1月度(第200号記念号) 目次
【代表幹事年頭所感】
【わたしの産懇】 Part1
エントリーNo.1 ナグラ産業株式会社 代表取締役社長 名倉 昌孝氏
エントリーNo.2 川崎汽船株式会社 取締役 岡部 聰氏
エントリーNo.3 株式会社料亭蔦茂 取締役社長 深田 正雄氏
エントリーNo.4 マイプラネット株式会社 社長 片桐 清志氏
【2月度産業懇談会のご案内】
【お知らせ】
【コラム】
コラム1 【さっかの散歩道】 No.7
コラム2 【保健師からの健康だより】 No.178
コラム3 【「ほん」のひとこと】 No.123
コラム4 【苗字随想】 No.200
【代表幹事年頭所感】

 新春を迎えて

 年始にあたり、謹んで新年のご挨拶を申し上げます。
 会員の皆様には、穏やかに新年をお迎えになられたことと存じ、心よりお慶び申し上げます。旧年中は、同友会活動に多大のご尽力とご協力をいただき、厚く御礼申し上げます。

 昨年を振り返りますと、平昌オリンピック、パラリンピックでのメダル・ラッシュ、サッカーW杯ロシア大会での日本代表の大活躍などの心躍る話題もありましたが、大阪府北部地震、北海道胆振(いぶり)東部地震、西日本豪雨、台風21、24号をはじめとする震災や風水害が発生し、緊迫するシリア情勢、北朝鮮問題、中国の海洋侵略、米国トランプ大統領の政策や難民・移民問題で混乱するEUなどに見られる分断と対立の激化、また2度の「世界同時株安」が起きるなど、社会や経済の不安定化を印象づけられた一年でもありました。

代表幹事 須藤誠一氏
代表幹事 須藤誠一

 こうした中、今年度の同友会活動では、「大転換期を超えて、日本が目指す道〜モノづくり・コトづくり・人づくりで築く持続可能な未来〜」のテーマに沿って、我が国が目指すべき方向性及び取り組むべき課題について、会員の皆様と共に更なる検討を進め、明るい確かな未来を展望できる道筋を見出せるよう努力して参りたいと存じます。引き続きご支援をよろしくお願い申し上げます。

 バブル崩壊とその後の低迷期が「失われた20年」とも呼ばれた平成もあとわずかとなりました。新たな時代の幕開けとなる2019年が、平和で実り多い1年になることを祈ります。

 また、このたびは、産懇宅配便が200号を迎えられたとのこと、おめでとうございます。産業懇談会で展開される異業種交流は、まさに本会活動の基本と感じております。
 中部経済同友会の益々の発展、そして会員の皆様のご健勝とご多幸を祈念して、年頭のご挨拶とさせていただきます。


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          産懇宅配便200号記念企画

特別寄稿 「わたしの産懇」 Part1

 2002年に産声を上げたメールマガジン「産懇宅配便」が本号をもって、めでたく200号を迎えました。
 これもひとえに、生みの親であり、メールマガジンの編集長として長年ご尽力いただいている片桐編集長を筆頭に、スピーカーを(渋々?)お引き受けいただいた皆様や、毎月(〆切に怯え?)コラムを執筆いただける寄稿者の皆様、そして日頃から産業懇談会をご支援していただける会員の皆様のおかげと、心より御礼申し上げます。

 産業懇談会は1981年に設立されて以来、本会活動の要として、「会員の、会員による、会員のための異業種交流」が交わされてきました。とくに最近の活性化の様子は目覚ましく、大盛況による会場変更が頻発、うれしい悲鳴をあげております。

 このたび200号を記念して、産懇会員の皆様から「口コミ」を集めることといたしました。
 産懇に関する「いいね!」を皆さんから集め、2020年に迎える産懇40周年に向けて、更なる飛躍のためのエンジンにしたいという思いで、企画したものです。
 各グループ会員、代表幹事、OBの方まで!・・・なんと20名からご寄稿をいただくことができ、これまたうれしい悲鳴をあげるとともに、どの寄稿を拝読しても、産懇への愛情、親しみにあふれ、感激しております。
 私自身も産業懇談会で得た数々の思い出や貴重な体験がございますが、私の思い出を語るより、いちはやく皆さんからのご寄稿をお読みいただきたいと思います。そして皆さんの手で、この口コミを広げていただき、産業懇談会で培われたこの交流の輪が今後益々ひろがっていくことを願っております。

 巻頭言に代えて。

中部経済同友会 専務理事・事務局長
  岡部 年彦

 沢山のご寄稿をいただき、誠にありがとうございました!望外の喜びです。
 想定以上のご寄稿数のため、今月から4回に分けて、「わたしの産懇」を連載していきます!
 ではエントリーNo.1のご寄稿からどうぞ!

エントリーNo.1
『 天使の笑顔 』

 ナグラ産業株式会社
 代表取締役社長 ビルディングドクター 名倉 昌孝 氏(水曜第2グループ)

 数年前に中部経済同友会に入らせていただく際に、こんな大企業の皆様方の中に入って 自分が何ができるのか?何か得るものはあるのか?そんな気持ちでしたが、若手を募集しているという事で、不安をたくさん抱えたまま入会させていただきました。
 入会して会員懇談会に初参加した時に不安的中!!同じ円卓の皆様方と名刺交換した際に、本当に大手企業の方々と名刺交換して会食するなんて、冷や汗が止まりませんでした。講演内容もほとんど覚えてなく、ぐったり帰ったことを今でも覚えています。
 やっていけるのだろうかと悩んでいた時に、産業懇談会のお誘いを頂きました。水曜第2グループの片桐さんが天使のような笑顔で、大丈夫だから、と声をかけて頂き、水曜第2グループに入ることに決めました。初めて参加した時は、相変わらずど緊張して参加したのですが、皆様がとても優しく接して下さり、また毎月同じ顔を合わせることが出来るので、少しづつ関係性も深まり、緊張がほぐれて来ました。
 そんな折に片桐さんからスピーカ―として発表してほしいと依頼があり、自分が皆様方のような方にお伝え出来ることなんて何もないです、と逃げ腰だった所、大丈夫、生い立ちとか自己紹介でも良いから、と天使のような笑顔で落とされました。発表の当日も、ど緊張!して臨み、自己紹介と自社紹介をさせて頂きましたが、皆様優しくリアクションして頂き、優しい雰囲気で終わることができました。その辺りから挨拶やお話しできる方も増えて来て、また産懇合同のゴルフに参加させて頂いたり、水曜第2グループのコンペに参加したりと、大分緊張せずに参加できるようになってきました。
 私のような小さな会社の若造が同友会に残っていられるのは、間違いなく産懇のお陰であり、天使の笑顔の片桐さんのお陰です。ここまで続けてこられたので引退するまで継続して行きます。これからも優しくご指導ご鞭撻をお願い致します。

写真:わたしの産懇1-1 わたしの産懇1-2
平成23年(2011)3月2日、『36年の軌跡 〜自己紹介と自社紹介〜』のタイトルでスピーチ。ど緊張中の名倉さん。
今回一番乗り!でご寄稿いただきました。

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エントリーNo.2
『 私の産懇―アメーバのような活動力、好奇心に限界はない! 』

 川崎汽船株式会社
 取締役 岡部 聰 氏(元 火曜グループ世話人)

 「オ―ッ」というどよめきが会場全体に沸き起こった。
 いきなりビキニスタイルの美女軍団が目の前に現れたからだ。ファッションモデルの様に堂々と歩く姿に産懇メンバーの紳士、淑女はびっくり。ただ無言で見守る。彼女たちはミスユニバース愛知代表のファイナリスト。次いで華やかなドレスに着替えてステージに再登場すると、今度は「わーぁ」という和やかな歓声。
 やっと我に返ったのか皆写真を撮りだしたり、同じテーブルのメンバーと何やら話し合いだした。
 テーブルごとに“ミス愛知”コンテストの採点をしているのだ。その後彼女たちは各テーブルに座りメンバーと一緒に食事、彼女たちが今日まで厳しいトレーニングの末、選び抜かれてきたことは事前にビデオで紹介されていた。一方、彼女たちにとっては人前でのパフォーマンスをするのは今回が初めて。あとは本番のみなので絶好のリハーサル。
 ステージの脇からタキシード姿でこの様子を見ていた司会役の私は(これも産懇!いろいろなパターンで楽しく勉強)との思いを抱いてテーブルの中に入っていった。平成26年10月の恒例である合同懇親会のことだった。
 振り返るに私は、産懇のお陰で実に多くの体験をさせていただいた。自己研鑽、異業種交流の諸活動は単なる仲良しクラブではなく中身の濃い親睦の場であった。各曜日のグループ活動はメンバーの輪番制で主役が変わる。主役の主体的企画で活動内容はバラエティに富み、リーダーである幹事は指揮者の様にまとめ役であればよい。このアメーバのような組織運営の仕組みが皆の活力を生み出しているのだろう。生ける人の興味、好奇心に限界はない。アメーバのように年齢、性別、業種の壁を越えて産懇の活動が中部経済同友会の原動力たりつづけることを祈念したい。
 こんなに楽しく勉強をさせてくれる会はほかにない。

わたしの産懇2-1 わたしの産懇2-2
わたしの産懇2-3 平成26年(2014)10月31日、4グループ合同懇談会。
火曜グループが幹事で、2015ミス・ユニバース・ジャパン愛知大会出場のセミファイナリストによる模擬審査会として行われたミスコンテスト。
華やかな美の競演が目の前で開催されました。

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エントリーNo.3
『 わたしの産懇・住吉の語り部第100回に向けて 』

 株式会社料亭蔦茂
 取締役社長 深田 正雄 氏(火曜グループ世話人)

 平成23年1月24日の新年合同懇談会・水野耕太郎代表幹事講話(当時)のとき、片桐さんから「名古屋の町の歴史についてコラムを掲載したいので、気が向いたら原稿を出してね。」と気軽にお話がありました。
 聞き流していたら我が親分の故・夢童由里子女史から、「私の『からくりアート点描』連載(23回継続)の後に、是非、産懇世話人として協力せよ」と厳命されたのがキッカケとなり、同年4月以来毎月継続、2018年11月に第92回となってしまいました。数回のコラムのつもりが【名古屋いちばん物語・住吉の語り部 第1回】と連載シリーズの表記をされたので、ビックリ!毎月ネタ探しに右往左往しつつ、皆様には8年間も毎月駄文を読んでいただくことを強要する結果になり深くお詫び申し上げます。

 産懇では当時、NTT西日本 名古屋支店長笹倉信行さんが前任地の金沢でのご経験から、「名古屋の旧町名復活活動を地元の皆さんからスタートすべき」と、何度も諭されておりました。栄ミナミの街づくりには徳川尾張藩からの歴史と文化を伝える必要があると痛感しており、清須越しから由緒・謂れある町名などを伝承しなくてはと賛同。同時に啓蒙活動として、栄住吉から発信する情報提供の場をつくりたいと活動を始めました。こうして毎月、「碁盤割の旧町名」をテーマに、栄地区を中心に祖父・深田良矩が孫に語り継いだエピソードや小生の子供のころの事象、地元で育った体験を交えて、メールマガジンで紹介するようになり、現在に至っております。
 毎月20日の締め切りが迫ると、片桐清志編集長から要請・確認の連絡をいただき一夜漬けで書き上げ、片桐編集長と事務局に校正・添削いただき、なんとか継続している次第です。

 よそ者である夢童さんの「本丸御殿」、笹倉さんの「金沢旧町名復活」の偉業に感銘を受けて、地元民としてできることは??地元史の論客・北見昌朗さんとともに平成24年2月に「名古屋城天守閣を木造復元し、旧町名を復活する有志の会」を立ち上げ、現在も毎月例会開催し、活発に活動しております。天守閣復元は河村市長のマニフェストとなり具体化、そして人々の生活や意識が反映され、後世に継承されました。一方、いわば無形の文化財といえる旧町名復活へのステップは、数年前に長者町復元への活動がスタートしましたが、一部の同意が得られずに頓挫。それから、住む人々の生業などに由来し、分かりやすく親しみがあり、かつ、その響きに歴史の余韻を勉強し啓蒙する集いとして、現在はコンセンサスづくりに重点を置き、毎月のセミナー実施をメインに継続しております。
 (有志の会HP:http://www.fukkatu-nagoya.com
 産業懇談会で「よその物の私たちがこれだけ名古屋PRしているのに、地元のあなたは何やっているの!!」と叱咤激励された、お二人との出会いが「住吉の語り部」の原点といえます。
 産懇宅配便200号記念ととともに、夢童さん、笹倉さんの名古屋を愛する志に支えられて何とか今年7月にシリーズ第100回をむかえること嬉しく思っています。

わたしの産懇3-1
本丸御殿フォーラムでの在りし日の夢童由里子さん
わたしの産懇3-2
東京・同友会で歴史セミナー・笹倉信行氏
「川・街道から見た江戸・東京」(2018.2.22)

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エントリーNo.4
『 思えば遠くへ来たもんだ 』

 マイプラネット株式会社
 社長 片桐 清志氏(水曜第2グループ世話人代表)

 「産懇宅配便」が2019年1月に200号を迎える。2010年10月の100号の節目までは長かったように思ったが、200号までの8年余はアッと言う間だったように思える。しかし振り返れば2002年6月の創刊から16年半が経過していることになる。
 ここまで続けてこられたのは、毎月の例会模様と新会員紹介の原稿を取りまとめて戴いている事務局のお骨折りと、毎月の連載コラムを寄稿いただいている会員の皆さまのご協力のおかげだ。さらに毎月ご愛読いただいている読者のご支援の賜物と感謝している。
 「産懇宅配便」が続けられた最大の要因は「産懇」そのものが活性化しているからだ。毎回の例会のスピーカーが創意工夫を注いだプレゼンテーション、仲間意識があるからこその深層に触れた解説、実演や実習を交えての例会、時に例会場を飛び出しての企業見学会など多彩さと刺激に満ちた例会があればこそだ。会員企業のご厚意でモノづくりの現場に出かけたこともあるし、料理教室での講習会もあった。今でこそ現実味を帯びたリニアの実験線(山梨)の試乗会に出かけたこともある。
 4グループ間の交流も盛んで、どの例会にも他グループからの参加者が必ずいる。時には想定以上の参加者のため会場変更をすることも珍しくない。「産懇宅配便」創刊当時、参加者増対策を世話人会で協議した状況は見事に一変した。 今後も「産懇宅配便」と「産業懇談会」が相互に刺激し合う関係を続けられるよう世話人として心掛けたい。

写真:わたしの産懇4-1 わたしの産懇4-2

平成17(2005)年、松本正之代表幹事(当時)のはからいで特別に産業懇談会「山梨リニア実験線」試乗会が開催されました。

わたしの産懇4-3 平成17(2005)年3月、火曜グループにてスピーカー。
テーマはなんと、「産懇宅配便奮闘記」・・・! 
200号到達は片桐編集長のご尽力の賜物です。

 200号記念企画「わたしの産懇」は、今号から4月号まで連載していきます。
 お楽しみください!

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2月度産業懇談会のご案内
グループ名 世話人 開催日時 テーマ・スピーカー 集合場所
火曜グループ

富田 茂
広井幹康
深田正雄

2月12日(火)
12:00〜14:00

『大学生向けインターンシップで2年連続
    日本一となった理念経営の取り組み』(仮)
アチーブメント株式会社
名古屋営業所長 針生 栄司氏

名古屋観光
ホテル
18階
伊吹の間

水曜第1グループ

淺井博司
足立 誠
落合 肇

2月20日(水)
12:00〜14:00
『名古屋大学
 ナショナルイノベーションコンプレックス視察会』

名古屋大学
本山キャンパス
(現地集合)

水曜第2グループ

片桐清志
大倉偉作
見祐次

2月13日(水)
12:00〜14:00

『住友商事グループのサステナビリティ推進及び
                    環境への取組み』
住友商事株式会社 理事中部支社長 犬伏 勝也氏
住友商事株式会社 サステナビリティ推進部
部長代理 中西 正治氏

名古屋観光
ホテル
2階
曙の間
木曜グループ

河村嘉男
倉藤金助
田憲三

2月14日(木) 12:00〜14:00

『名古屋妖怪街道と落ち延び街道』
現代美術作家 山田 彊一氏
名古屋観光
ホテル
18階
伊吹の間

◆2月20日(水)水曜第1グループにご参加いただく方には、詳細案内をお送りします。
◆見学会は、定員がございますので、お早めにお申し込みください。

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【お知らせ】

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【コラム】

コラム1 【さっかの散歩道】 No.7
コラム【さっかの散歩道】

長瀬電気工業株式会社
代表取締役 屬 ゆみ子

『 明けましておめでとうございます 』

 山口県に、父方の実家があったころ、盆と正月には、各地に散らばっていた一族郎党が、祖父母のご機嫌伺いに集まり、宴会を催していた。子供心に、聞いたことのない地方の言葉が飛び交い、また、正月にはお年玉が結構貯まったので、よく知らないおじさん・おばさんにかなりの愛想を振りまいたものだった。今思えば、それは「屬」という名の絶滅間近の一族が、各地で何とか踏ん張っているという報告会のようなものだったのかもしれない。というのも半世紀前は、鉄道も、高速道路も整備途中で、名古屋組の我が家は、完成して間もない名神高速道路と国号2号線を、父が片道14時間かけて運転しており、そうまでして帰省するには、何か意味があるのだろうと(母は面倒がっていたが)何となく感じていた。やがて祖父母が他界し、集まる場所を失った親戚は、それ以降冠婚葬祭くらいにしかお目にかからず、一方で、年越しは家族で集うという習慣だけが残っていた。

 一昨年の年越しは、そんな習慣を一人だけ離脱して、フランスのボルドー地方に出かけることにした。12月29日、住吉での忘年会を途中で抜け出し、そのまま新幹線で東京〜羽田の最終便に飛び乗った。その旅を計画した理由は、以前火曜日の定例会でもご紹介した、私のシンデレラワインが現地にあと何ケース残っているかの確認のためだった。普通ならメールでやり取りし、注文をかければ済む話なのだが、取次店の友人から「ほかにも面白いのが入ってきたので、テイスティングに来ないか」というお誘いがあったので、家族とワインを秤にかけ、ワインを選んだのだった。
 早朝パリに到着して、ボルドー便に乗り継ぐ。空港から例によってレンタカーを借りてサンテミリオンまで走ることにしていたが、今回は民泊(フランスの民泊はかなり快適)のため駐車場確保が叶わず、車の運転を断念、一旦タクシーで市内の部屋に荷物を降ろし、その後ローカル電車でサンテミリオンに向かうことにした。12月30日午前10時30分、駅構内で電車のチケットを買おうと券売機に並ぶが、一向に進まない。折も折、クリスマスに帰り損ねた移民の皆さんが里帰りをしようと駅に押し寄せていたのだ。フランス語がままならないので窓口を嫌い、券売機に行列を作ったものの、操作もよくわからず、立ち往生していた。さもありなん、と、窓口に並びなおしてチケット購入。結局駅について電車に乗るまで1時間半かかる。日本から到着したばかりの私にとって、この1時間半のインターバル=ただひたすら待つことのなんて手持ち無沙汰なことか。
 サンテミリオンの駅から町の中心までは歩いて20分ほどかかる。寒いし、やたら風が強いし、到着疲れもあって、一つ前のTGVも停車する大きな駅でタクシーを拾うことにした。のだが…、タクシーは一台もおらず、ただ乗り場の看板に運転手の携帯番号が15個くらい並んでいた。ほぼ昼休みの時間である、フランス人は働くのか?と疑問もあったが、ここまで来て市街地に行かない訳にはいかないので、とりあえず上から順番に電話を掛ける。「本日休業」「電話に出ることができません」「ご予約の方は留守番電話に…」「「ツーツーツー」。心が折れそうになりながら、駅近くに見えるレンタカー屋に飛び込むことも考えつつ10番目の電話番号にかけてみる…「bonjour!」優しいオジサンの声が聞こえ、何とかタクシーを確保、15分後に迎えに来てくれるという言葉をひたすら信じて待った。
 (この分では帰りの車も怪しい)。運転手に聞いてみると、やはり今日は半日で終わったドライバーが多く、自分は彼女の約束が夕方だからそれまで働くのだと言っている。「じゃあ、1時間後私を迎えに来てくれる?」と帰りの足も確保して、なんとか買い付けとテイスティングを済ませる。
 とにかく風が強い!帰りにスーパーで買い出しを済ませ、テレビのスイッチを入れて驚いた
 〜爆弾低気圧「カルメン」が、大西洋からブルターニュ地方に接近中!!海は大荒れ、時速100kmの風が吹き荒れています〜
 日本の台風レポートのような画面が繰り広げられている。上陸予定の少し南に当たるボルドーもしっかり強風域、しかも大みそかから元旦までが一番ひどく、外出はしないようにと、またブルターニュではすでに停電も発生、家屋もかなりの被害、近くの人は避難を!とアナウンサーが呼びかけている。その画面の端、不思議なものがフレームイン、カメラがそちらを向くと、なんと数人のやじ馬が、風に吹かれながら岸壁で自撮り棒撮影。「これは映画の撮影?それともニュースコント?」。よくわからないので注意深く耳を傾けると、どうやら強風で『波の花』ができたのを、ニュースで取り上げたところ、珍しもの見たさで人が集まり、あたり一帯渋滞が起きている、危ないから来てはいけないと盛んに注意喚起していた。やっぱりフランス人は面白い、と一笑して和んだのも束の間、と、いうことはカウントダウンイベントも中止?元旦に行くはずだったワイン博物館は閉鎖?ボルドーまで来て外出禁止なんて!!
 そうは言っても大晦日に友人のレストランでおいしいディナーをいただいたし、元日にワイン博物館もちゃんと開いていた(市電が止まって大変だったけど)。予定はこなして楽しくリフレッシュして帰国した。
 帰国後に「家族旅行よりワインを選んだ罰が当たったのよ〜」と妹に笑われた。

 そんなこともあり、この年末年始は家族と温泉で過ごすことになり、甥たちにお年玉を渡し、去年の垢落としに、家族のために諸々散財する羽目になった。
 今年の干支は亥。イノシシは何故12支の最後なのか…。それは猪突猛進しすぎて、本当は干支レースを1番でゴールしていたのに、勢い余ってゴールを遥かに行き過ぎ、気がついて引き返したものの時すでに遅く、ビリッケツになってしまった(諸説ありますが)からとか。何につけても、最初から飛ばしすぎるのはちょっと気を付けようと、年始から心もとないお財布にしっかり紐をかけた。
 ちなみにイノシシに乗っている、神様の中で一番小さい摩利支天は、戦の神様で、かの帝釈天と阿修羅の戦いにも光を使って帝釈天に加勢したという、小さな巨人。どこかで見かけたら足元のイノシシにも忘れず手を合わせようと思っている。

写真
ボルドーのワイン博物館の天井
(ワイングラスがぶら下がっている)
写真
寒々しいサンテミリオン、この後嵐がやってきた
写真
ボルドー市内、大晦日に行った日本人シェフのレストラン。
一人カウンターに座る私を気持ちよくおもてなししてくれた

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コラム2 【保健師からの健康だより】 No.178
コラム【保健師からの健康だより】

株式会社 スズケン
保健師 丹羽 香織

『 お酒を飲まない人も肝臓疾患にご注意! 』

 年が明けて早くも1か月が経とうとしています。年末年始前後はお付き合い等で食べ過ぎ・飲み過ぎになりがちだったからお腹まわりが気になっている‥という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 肝臓に脂肪が多くたまった状態が脂肪肝ですが、軽い病気というイメージを持たれている方が多いかもしれません。脂肪肝には、お酒を飲み過ぎた人がなるアルコール性のものとアルコールに由来しないものがあり、前者は肝炎や肝硬変に進行しやすいとされています。しかし近年、後者にも進行していく悪性のタイプがあることが明らかになり注目されています。非アルコール性脂肪肝の80〜90%は脂肪肝のままですが、10〜20%は肝臓の脂肪に炎症が起こることで脂肪肝炎を発症したり、さらに悪化して肝臓の末期的状態とも言える肝硬変や肝がんに進行することもあります。

 肝臓は“沈黙の臓器”といわれるように、かなり病気が進行しないと症状が表れないことも多いです。だるさ等を感じる場合もありますが、風邪などの症状との見分けはつきにくく、自覚症状だけでは単なる脂肪肝かどうか判断することはできません。肝硬変にまで進行すると、全身のだるさや食欲不振、黄疸や手足のむくみ、お腹が張った感じなどが表れることがありますがこの段階になると元の元気な肝臓には戻れない可能性が高くなるので、肝機能の低下が始まる最初の段階である脂肪肝が見つかった時点で生活改善を始めることがまさに肝要なのです。

 非アルコール性脂肪肝の多くは、肥満、糖尿病、脂質異常症、高血圧を伴っていて、メタボリックシンドロームの肝臓病と考えられています。食べ過ぎや運動不足などのために食べる量が消費量を上回ることが脂肪肝につながるので、予防はもちろん発症後の進行を抑えるにも食事や運動などの生活習慣の見直しが重要です。
 食事面では良質なたんぱく質(赤味肉・青魚など)や抗酸化物質(ブロッコリー・玉ねぎなど)、ビタミン(葉物野菜、貝類など)、ミネラル(海藻など)等の栄養素を意識的に摂り、運動面では有酸素運動+筋力トレーニングができると理想的ですが、運動する時間を作ることが難しい様であればまずは日常生活の中で今よりプラス10分体を動かす時間を作ることをお勧めします。
 また良質の睡眠をとることやストレス対策も重要です。というのも睡眠不足やストレスは肥満や糖尿病の悪化等を招く結果になることが示されているからです。

 肥満や生活習慣病に該当する方の増加に伴い非アルコール性脂肪肝の患者数は増加傾向です。健康診断などで脂肪肝が疑われた場合は専門医の受診をお勧めします。

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コラム3 【「ほん」のひとこと】 No.123
コラム【「ほん」のひとこと】

株式会社 正文館書店 取締役会長
谷口正明

『 陰謀の日本中世史 』
呉座勇一著・角川新書

 同じ著者による異例のベストセラー『応仁の乱』(中公新書)をお買い求めになった方も多いのではないでしょうか。最後までお読みになりましたか? あの本を最後まで読み通すには、相当の根気が必要でした。それは著者のせいではなく、応仁の乱そのものが掴みどころのないものだったからだと思います。
 それに対してこの本は、分かりやすくて面白い。そうかと言って、巷に氾濫する興味本位の謎解き本ではなく、歴史学の手法を踏み外さない正統派の著作です(初版の帯には「俗説一蹴!」とあります)。登場人物も、平清盛や源頼朝・義経、後醍醐天皇と足利尊氏、織田信長と明智光秀、徳川家康と石田三成など、中世史のスターたちが勢ぞろいです。最終章では、陰謀論の特徴や人はなぜ陰謀論を信じるのかにも言及しています。

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コラム4 【苗字随想】 No.200
コラム【苗字随想】

片桐清志

「最」「終」「回」

 「産懇宅配便」の創刊と共に連載してきたコラム「苗字アラカルト」もいつの間にか200回を迎えた。「産懇宅配便」は産業懇談会会員の交流促進を目的に2002年に登場した。毎月の例会模様の掲載だけでは少し寂しいので、彩を付ける意味でコラムも掲載することにした。会員諸兄の投稿の呼び水になればとの思いで趣味にしていた「苗字あそび」 を取り上げた。そろそろネタも尽きて来たので節目の200回を最終回としたい。

 せっかくなので今回は「最」「終」「回」に注目してみる。
 「最」で始まる「最」姓は20種見つかった。残念ながら一字姓は見つからなかった。ランキングで上位の苗字では最上(モガミ・サイジョウ)が最上位で1961位、最所(サイショ・サイジョ)が7897位、最首(サイシュ他)が8685位だ。難読姓では最勝海のホツメ、最勝海浦のニナメウラはフリガナがないと無理だ。ユニークな苗字では最中(モナカ)、最寄(モヨリ)がある。最初(サイショ)は見つかったが最後や最期や最終はやはりなさそうだ。
 「終」で始まる「終」姓もまさかと思ったが、終日(ヒネモス・ヒメモス)と終夜(シュウヤ・ヨスガラ)の2種見つかった。
 「回」で始まる「回」姓も14種見つかった。こちらは一字姓の「回」もあり、マワリ・メグリ・ハシ・キザハシの読み方があるようだ。残念ながらランキング上位の苗字はなく、回谷(カイヤ・メグリタニ・メグリヤ)が4万5728位に出てくるぐらいだ。ユニークな苗字では回道(マワリミチ)、回向院(エコウイン)、回天(カイテン)、回夜(メグリヤ・カイヤ)、回堂(カイドウ・シタドウ)、回輪(クルワ)などが見つかった。

 日本人の苗字の多彩さに引き込まれ、苗字に関する本やネットのホームページを漁るうちに「苗字」の世界に嵌まってしまった。最近ではNHKのTV番組でも取り上げられるようになり、身近な話題が増えた。それでも趣味としてはマイナ―な存在だ。長い間、奇妙な趣味に辛抱強くお付き合いいただきありがとうございました。

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【平成31年1月号編集後記】

 先月号で紹介した「福智会」のご縁で、暮れに中電ウィング株式会社の三澤専務を訪問した。中電ウィング(株)は重度身体障がい者と知的障がい者の雇用促進を目的に設立された中部電力100%出資の「特例子会社」だ。
 2001年4月に設立され、設立当時38名だった従業員は今では130名にまでなっている。障がい者は合計84名で、内訳は身体障がい者が14名、知的障がい者が53名、精神障がい者が17名だ。
 中電ウィング(株)では障がい者をチャレンジドと呼んでいる。「前向きに挑戦する人」と言う意味だ。その言葉通りアビリンピック(障害者技能競技大会)に多くの選手が参加している。全国大会はもちろん、世界大会で銀メダルを獲得した人もいる。両腕がなくても、両足を見事に使いこなして素晴らしい毛筆の文字を書くデザイナーもいる。彼はパソコンのキーボードも足で器用に操作して編集作業や映像修正も行う。出来栄えは健常者のものと比べても何ら遜色ない。
 ホテルのロビーやレストランのインテリアとしてよく似合う「木玉(もくだま)」も彼らが作り出したオリジナル商品だ。ダムの流木を細かく砕いたチップと、ごみ焼却灰などから作ったエコセメントを手作りで球状に成形した植木鉢だ。この鉢に、温室を利用して育てた観葉植物を盛り付けると何とも言えない癒しが醸し出される。
 こうした活動を可能にしたのは「特例子会社」の仕組みだ。障がい者の雇用促進を目的に制定された「障がい者の雇用の促進等に関する法律」は原則企業単位に雇用義務を課しているが、一定の条件を満たした子会社が雇用した障がい者を親会社の雇用にカウントできる制度を設けている。これが「特例子会社」で、中電ウイング(株)はその一例だ。
 障がい者の社会参画には多くのハードルがある。公共施設でさえユニバーサルデザイン化は一部分だ。特定の目的を持って作られた職場に障がい者が健常者に交じって働くとなると多くの困難が伴う。中電ウィング(株)では最初から障がい者が働き易い職場環境を意識して作られている。しかも周囲には何らかの障がいを抱える仲間がたくさんいる。お互いに助け合いながらなら働き易い。
 この制度は中小企業には使いにくい。共同出資型の協同組合などにも応用できる道が拓かれればもっと障がい者雇用が進むように思える。大切なのは障がい者が生き生きと社会参画できることだ。数字合わせでなく、障がい者目線に立ち、血の通った取り組みのできる仕組みづくりにもっと知恵を絞りたいものだ。

(片桐)