本日は、津島の読書・作文教室「言葉の泉」代表を務められ、並行して、地域に根差した新作狂言などを創作されている山川里海氏をお招きし、ご講演いただいた。
■賞:2018日本水大賞審査部会特別賞(国土交通省) 2017市民普請大賞特別賞(土木学会)
2015グッドライフアワード環境と学び特別賞(環境省)
2015清流ミナモ賞(岐阜県知事賞) 2008河川功労者(日本河川協会)
■癌をきっかけに作家・劇作家の道へ
32歳のときに進行した胃がんが見つかった。3人目の子供はまだ1歳で、毎日再発を恐れ悲嘆に明け暮れていた。子供に何か遺したいと、夫にワープロの購入を頼み、来る日も来る日も児童小説を書いた。作品を応募したところ、幸い児童文学賞を受賞することができ、これが作家生活の始まりとなった。
周囲の子供達や親からは、読書感想文を見て欲しいという要望がたくさん来たので、小中学生の読書・作文講座を開設することになった。主治医から贈られた「これからはあなたを育てた山や川を大切に生きて下さい。」という言葉を胸に、東海3県から作文教室に集まった親子と、国交省による木曽三川の自然再生事業に協力するようにもなった。木曽三川下流域での自然観察や葦(よし)刈り、更には上流域にも活動を広げ木曽の森林保全体験も企画するようにもなった。
こうして水辺と森に関わるうちに伊勢神宮ともご縁を頂き、愛・地球博とスペインサラゴザ博で川をテーマとする市民劇を創作。さらに名古屋城本丸御殿の復元事業にも関わるようになった。本丸御殿の復元にあたっては、伊勢神宮と同じように神事に則って切り出した木曽ヒノキを使いたいと名古屋市から要望が出た。この話を伊勢神宮に繋いで、表木曽・裏木曽から1本ずつ、切り方は三ツ紐伐りという斧入れ行事が執り行われた。今では、その2本が本丸御殿の玄関の柱と天井に使用されている。
このイベントがきっかけで、記念舞台の制作依頼が舞い込んだ。これが水源林をテーマとした本丸御殿復元記念狂言「夢つくり」創作の始まりなのだが、そう簡単に狂言を創作できるなら苦労しない。もともと、お話を頂いたときは和製ミュージカルを主張したのだが、プロデューサーは名古屋発祥の狂言でいきたいとのこと。そこで、過去の様々な狂言の台本を勉強することからスタートした。しかし、狂言は昔から口伝が基本。紙の台本はあるが、素人が見てもどことどこが繋がっているかもよく分からない。結局はたくさんの狂言の公演を実際に見て、覚えるしかなかった。こうして地域づくりと人づくりをテーマとした狂言の創作がライフワークとなっていったのである。
■名古屋と狂言
能楽とは、能と狂言を包含する総称である。実は名古屋の能楽堂は、座席数630席を誇り、それだけに集客には苦労するものの日本一の舞台が用意されている。また、仕事が専門職化した能楽において、それぞれの専門家が全員揃うのは、東京・京都・神戸・名古屋だけだ。能楽はもともと猿楽と呼ばれたが、岩倉具視が西洋のオペラに対抗しようと、サルではあんまりなので能楽と名付けたそうだ。能楽は今から650年ほど前に観阿弥・世阿弥が大成したもので、室町期は寺社仏閣、江戸期はお城で演じられた。その目的は、厄除けのため、武士の集中力や記憶力を高めるためなど、諸説あるが、お屋敷やお城に出入りできることから諜報手段の一つであったとも言われている。三英傑とも関わりが深く、信長は能の新しい形態「幸若舞」を愛し、秀吉は自身で狂言を創作し演じた。そして家康は幕府の式楽として取り入れた。
能は、あの世から降りてきて語る設定が多く、自然と悲しい話が多くなる、仮面音楽劇だ。
一方、狂言は、主従・夫婦・婿舅などの普遍の真理をコミカルに描く、名もない庶民のせりふ劇。20〜30分ほどのお笑いコントと思って頂ければ良い。現代の若い人にとっては、教科書にも載っているし、NHKで15年続く幼児番組「にほんごであそぼ」に取り入れられていて親しみ易いものになっている。
狂言の主な登場人物を紹介したい。
〇大名 |
:少人数の家来持ち。太郎冠者(召使い)に出し抜かれる存在。 |
〇太郎冠者 |
:主人を出し抜こうと画策している。しかし時には守ろうともする愛すべき存在。 |
〇山伏 |
:魔法のような力を誇示する一方、人間らしい一面もあり、可笑しさを誘う。 |
この他にも、動物や神様、妖怪に至るまで様々な登場人物がいる。その地域特有のキャラクターを掘り起こして使えるあたりは、私の地域づくり人づくりをテーマとする創作活動においてとても相性が良い。
名古屋の狂言は3作品作った。さきほどの「夢つくり」は水源林の保全をテーマに本丸御殿復元を物語にしたもの。清州越狂言「轍(わだち)」は、水辺の都市創造をテーマに、清州城から名古屋城への7万人の大引っ越しを描いたもの。そして、なごや妖怪狂言「冥加さらえ」は、都市河川の浄化をテーマに、文化文政期の堀川の川さらえ(しゅんせつ工事、ヘドロ掃除)を、河童や龍神等のなごや妖怪の活躍を交え描いたものだ。
■100年後に残したい景観・歴史・文化
海津市の小学校から子供劇の創作を依頼されたことをきっかけに、地域に根差した子ども狂言(総合学習の取組み)の創作も、12年で3作品となり、現在は小学校3校と高校1校へ指導に赴いている。天王祭り・秋祭りを継承する津島で育った身として気付いたのは、日本の小学生は、横笛や鼓を見たことが無いなど日本の伝統楽器に縁遠いことだった。そこで名古屋圏の能楽師のサポートを受けつつ、能楽器を取り入れ、楽しく華やかな狂言に仕上げていった。そうして出来たのが、治水史跡と清流漁の保全をテーマとした「失せうろこ」だ。12年も繋ぐと、ちびっ子の頃から見ていた子達はそれぞれ好みの役を目指すようになる。そこでオーディションも行うようになったが、どの子も活躍で生きるように台詞を工夫して改作を続けている。また、発達障害を持った子達は楽器の演奏がとてもうまいという傾向が分かったり、不登校の子であってもその日は責任感を持って参加したり、中学でどの子もリーダー性を発揮したりと、いろいろ効果があり、教育現場で喜ばれていることも嬉しい。
子ども狂言は、県知事賞もとった「失せうろこ」の他に、おちょぼ稲荷の白狐が主役の「狐鬼灯」(海津市)、甚目寺観音を題材とした「おそそ仁王」(あま市)がある。子供達は地域の歴史的景観やキャラクターを用いた狂言を喜んで演じてくれる。そして、祖父母世代・父母世代がそこに協力することで、三世代のコラボを生み出している。この狂言を通じ、子供達の郷土愛を育み、ひいては100年後にも残すべき地域の美しい景観や歴史・文化が、しっかり伝承されることを願っている。
■今後の予定
熊本狂言(肥後国づくり狂言実行委員会)、庄内新作狂言(山形県)手話狂言(愛知県立高校)