1. 安全保障への関心の高まり
今日は参院選の告示だが、数年前までは安全保障は票にも金にもならず、国民の関心も乏しかった。ところが、最近、政治家は国家安全保障を語れないと政治家たり得なくなった。国民もようやくそういった危機感を持つようになった。その意味では中国に感謝しなければならないと思っている(笑)。地球の地図をひっくり返して見ると、日本周辺の国際関係がよくわかる。中国は東シナ海だけでなく、東西南北、四方に国境がある。日本からのみの見方だと、中国の全容を見誤ってしまう恐れが有る。
さて、私が航空自衛隊で航空支援集団司令官を務めていた頃、時には息抜きも必要ということで「川柳大会」を実施した。当時、海外によく派遣されていたが、最優秀賞には「家族聞く、イラクスマトラつぎは何処」という句が選ばれた。佳作には、「日々有事 誰か止めてよ あの人を」、「クールビズ、うちは夏からウォームビズ」などがあった。司令官賞には「嫌な予感、後ろを見れば司令官」という作品を選考した。戦闘機乗りはいつも“ALWAYS CHECK 6 O’CLOCK”と言う。戦闘中、相手を追い詰め、しめたと思ってまさに射撃しようとした瞬間に後方に隙ができ、自分のほうが撃墜されてしまうケースが非常に多い。「常に後方チェック」は海外における作戦地域での生き残りのためにとても重要なこと。そうしたセンスを隊員たちに日頃から植え付けるようにしていた。
2. 我が国周辺におけるロシア機及び中国機の活動状況
私は2週間前ほど前に中国に行き、中国の軍人、戦略家らと安全保障対話を実施してきた。彼らの態度は、まず、日中間に領土問題があることを認めない限り、あるいは「棚上げ」に同意しない限り、それ以降の発展的な話は出来ないという頑なな姿勢であった。当方どもは、日本領有の正当性や歴史認識、実効支配の状況等を説明したが、彼らは頑なであり理解しようともしない。最近の中国は、大国意識が顕著であり、強引、尊大な所が見え隠れする。最近、日本人の中国に対する見方が変わってきたが、それは、世界の人たちの中国に対する警戒心も同様のこと。
安全保障上、隣国の動態は、常時継続的に監視しておかなければならない。加えて、領土、領海、領空保全は、国の主権に係わることであり、毅然と対応しなければならない。冷戦時代はソ連機に対する緊急発進が多かったが、最近は中国機に対する緊急発進が多くなってきている。昨年度は、中国機に対するスクランブルが最も多かった。
領空保全は、国際法上認められた権利であり、国の責務である。航空自衛隊の対領空侵犯措置は、国際法、国内法に則り、厳格にかつ信頼性高く実施されている。対領空侵犯措置における信号射撃は、威嚇目的の使用ではなく、警告の一手段である。尖閣諸島に対する領空保全は、我が国として従来から実施してきたところであるが、中国は今回初めて意図的に領空侵犯を行った。中国は意図的にステップを挙げてきていると認識する必要が有り、これらに対しては、常時継続的な警戒監視を怠らず、毅然とした領空保全の態勢を堅持することであろう。そのための運用基盤を万全に維持する必要が有る。
3. 日本を取り巻く状況変化に適応する。
「日本人は、大変な状況が目前に有りながら、何故。アンティシペイト(先手を打つ、未然に防止することを)しないのか? 不思議な民族だ」、「大変な問題を先送りしておいて、結局、にっちもさっちもいかなくなるような状況に追い込まれる」、「結局、嵐がすぎるまで小手先でごまかして、そして後始末をおざなりにやり、後はのど元過ぎて熱さ忘れる。これが大和民族・・・」
我が国を取り巻く戦略環境変化には非常に厳しいものがある。中国・インド等が急激に台頭するなか、米国の相対的影響力の低下傾向が著しい。加えて、ロシアの復活、北朝鮮政権の世代交代等の状況変化のなか、離島、SLOCでの軍事的な衝突の恐れ、ナショナリズムの台頭、エネルギー争奪戦、大量破壊兵器の拡散、中東の不安定化、世界規模の経済危機の発生等の恐れが存在する。
日本は、戦後60有余年間、幸運にも平和を享受できたが、これは奇跡的なこと。反面、依頼心が蔓延し、確たる国家観を喪失するとともに、長期的な戦略観を欠くことになった。諸外国の強かな外交戦略の狭間にあって、「誇り高き日本」の片鱗は薄れ、「リスク共有」の覚悟も希薄化してきている。また、自らが安全保障上極めて弱い立場にあることすら認識できなくなっており、危機感も薄い状況と言わざるを得ない。
安全保障に対して関心を持たないことは、中国の膨張に対して「どうぞ」と言っているようなもの。中国にはどうも国境の概念がなく、その時代の国力に応じて国境が延伸すると思っているふしがある。
「この世の中に生き残ったものは決して、その種が強かったからでも、頭が良かったからでもない。その時代に、最も適合したものこそ生き残れる。」それは、国家も同じであり、状況変化にしっかり適応しないと日本は生き残れない。また、「自分で自分を守ろうとしない者を誰が助ける気になるか(マキャベリ)」ということも忘れてはならない。いざ事が起これば、日米安保で米国が助けてくれると認識する人が多いが、とんでもない。やるべきことを自分でやらないと、日本のことなど誰も助けてくれない。安全保障に関して、日本は仮想現実から覚醒しなければならないし、「他人事意識」から脱却しなければならない。
4. 我が国周辺の戦略環境変化と中国戦略
1982年、中国人民解放軍近代化計画の中で、劉華清海軍司令員(当時)は3段階の海軍戦略を提唱した。第1段階は、2000年から2010年に達成しようという目標であり、沖縄—台湾—フィリピンを結ぶ第1列島線内の海をコントロールしようという構想であり、第2段階は、2010年から2020年代、小笠原−グアム−インドネシアを結ぶ第2列島線内の海をコントロールしようという構想である。第3段階は、米国の太平洋及びインド洋における軍事的優勢を空母中核の軍事力増勢により、終わらせるというものである。
中国は毛沢東の「遊撃戦論」から、「情報化条件下のハイテク戦で戦って勝てる軍隊」へと急激に近代化してきている。中国軍事力近代化の注目分野は、その戦略的投射能力の向上であり、中距離弾道ミサイル、巡航ミサイル、新型攻撃潜水艦、高性能戦闘機、電子戦能力等に加えて、サイバー攻撃能力、対宇宙システム能力等が挙げられる。
最近の中国の動向を見るに、その戦略思想の潮流は、ケ小平の「二十四文字戦略」にあると考えると解りやすい。その戦略思想は、「冷静に観察せよ、我が方の立場を固めよ、冷静に事態に対処せよ、我が方の能力を隠し好機を待て、控えめな姿勢をとることに長(た)けよ、決して指導的地位を求めるなかれ」というものであり、ケ小平の指示を、「不必要な挑発、過度の国際的負担の回避、及び長期的な中国の国力構築を通じ、将来のオプションを最大限に広げるための戦略を示唆するもの」とみることができる。「意図と能力を隠そうとする」ということ自体が長期的な戦略であるとも考えられる。その中国は、最近、「平和的台頭」という穏やかな「微笑み外交」のスタンスをもはや捨て去ったかのように見える。南シナ海はもとより、尖閣列島周辺でも漁船や公船の強引な活動が事態を深刻化させており、もはや実力行使の段階に移行しつつ有るとも懸念されるようになった。習近平政権がどのような政策を推進していくかは未だ明確ではないが、最近の中国の動向をみるに、中国は既に「有所作為」の段階に至っていると見ることが出来よう。
中国は、通称、「接近阻止・領域拒否(Anti-Access Area Denial : A2/AD)」戦略を構築しつつ有ると言われている。中国のA2/AD戦略のうち、接近阻止(A2)とは、中国の内海領域への対象国の侵入を阻止することであり、領域拒否(AD)とは、当該領域内での対象国の自由な活動と作戦行動を拒否することをいう。中国のA2/AD戦略とは、西太平洋から南シナ海領域に対する米軍のプレゼンス活動を妨害しつつ、米軍の軍事作戦への介入を抑制・阻止するとともに、情報化の環境下の領域における戦闘で、展開する米軍に戦って勝てる能力を確保することにより、当該領域における米軍の自由な活動と作戦行動を阻害することを狙った戦略であると考えることができる。
5. 日本版「接近阻止・領域拒否」戦略の構築
その戦略重心を陸地から海洋方面へとシフトさせようとしている中国にとって、南北2000キロメートルに及ぶ日本列島線はストレスの無い海洋進出に対する障害線そのものである。戦略的に考えるならば、昨今の尖閣列島や南沙諸島を巡る攻防は、その第1列島線内を内海化しようと考える中国と、米国主導の海洋秩序を維持しようとする既得の海洋国家群とが互いに対峙している構図であると見ることが出来る。尖閣列島に対する中国の挑戦的な言動や諸々の活動は、中国の「接近阻止・領域拒否」戦略の一環であると考える必要があり、日米を離反させようと画策する一種の戦術と認識する必要がある。
日本にとっての尖閣列島防衛とは、日本の国益を日本自らの意思と行動によって毅然と守るという、責任ある大国としての日本の国柄というものを内外に知らしめることである。台頭する中国に対し、臆せぬ態度で国益を主張する日本の謙虚かつ毅然たる姿を世界の国々は注目している。日本は、尖閣列島を含む南西諸島の戦略的価値について世界に発信しつつ、安定した世界秩序の維持に貢献する日本のスタンスというものを謙虚に、但し、力強くアピールしていく必要が有る。なかでも、同盟国である米国とは関連の価値観をしっかりと共有する必要がある。
台頭する中国のA2/AD戦略に対して、節度を持ちながらも強靭な日本版A2/AD戦略を整えることが出来れば、中国側の無用の軍事的エスカレーションを招くこともなかろう。これらの体制整備は、日本最大の国益である領域防衛に直結するのみならず、結果的に米国の戦略とも協調し、ひいては、地域の安定・繁栄にも寄与するものとなる。日本が毅然たる意思を示すことによってその立ち位置を明確にすれば、米中間の過度の軍拡傾向も抑制されることとなろう。
日本版A2/AD戦略とは、中国による第1列島線内の内海化を阻止する体制を整えることである。日本は、まず、南西諸島列島線の地理的特性を有効活用し、日本自ら信頼性の高い防衛体制を構築する必要がある。その体制が整った後、周辺の状況変化を念頭に、日米同盟体制の適合化を図る必要が有る。
事態が不意に発生した場合、国土、国民を守るべき役割の国家や自衛隊等は、それまでに準備できた「所与の条件」でしか戦うことが出来ない。『今そこにある危機』に適切に対応するためには、その「所与の条件」のレベルアップを速やかに図る必要がある。我々に残された時間的余裕は少ない。
6. 指導方針
最後に、私自身の現役時代の指導方針を幾つか紹介したい。
「変わる勇気・変える決意!」〜自衛隊とて官僚組織。去年作った作戦計画や練成訓練計画を計画通りにやれば済むと思っている者がいないわけではない。しかし、クライシスは計画通りには起こらないし、準備した通りに対処できるものでもない。クライシスは、予想外の時期に不意突然発生し、そのマグニチュードも計り知れず、場所も特定できない。これらに適切に対応するには、指揮官のみならず、隊員、部隊が変化への感性を高めるとともに、組織を変える勇気と決意を持たなければならない。
「日々有事!」〜「日々有事 誰か止めてよ あの人を」の「あの人」は私かもしれない。「常在戦場」は大事なセンス。
「THE BUCK STOPS HERE!」〜アメリカのある大統領が自分の机の名札の裏にこう書いていたそうである。「責任を後ろに放り投げない。責任をもって自分で決心する」という意味だが、これはリーダーシップ教育では非常に大事なことである。
「所与の財産で戦う!」〜10年計画で10年後には戦えるといっても仕方ない。クライシス発生には、いま持っているものでしか戦えない。防衛力整備は人的養成も含め、10年単位の長期間を必要とする。そのことを念頭に、百年、兵を養わなければならない。
「組織の不安定化!」〜組織は不安定にしておいてこそ使える組織になる。不測の事態に迅速・的確に対応するには、組織を構成する全員が鋭い感性で常にファイティング・ポーズで身構えておかなければならない。組織の感性を高める上で、組織の不安定化は欠かせない。ただし、アンコントールの不安定ではなく、コントロールの不安定を追及しないといけない。 |