産業懇談会【メールマガジン 産懇宅配便】  第119号 2012.4.27発行

 メールマガジン■産懇宅配便■

平成24年4月度(第119号) 目次
【24年3月度産業懇談会(水曜第1G)模様】 3月21日(水) 12時00分〜14時00分
【24年3月度産業懇談会(火曜G)模様】 3月27日(火) 12時00分〜14時00分
【24年4月度産業懇談会(火曜G)模様】 4月10日(火) 12時00分〜14時00分
【24年4月度産業懇談会(水曜第2G)模様】 4月11日(火) 12時00分〜14時00分
【24年4月度産業懇談会(木曜G)模様】 4月12日(木) 12時00分〜14時00分
【名古屋いちばん物語】 No.28
【中部再発見コーナー】 笠寺編
【新会員自己紹介】
相川 孝廣氏

大三鋼機株式会社 代表取締役

竹 青氏

株式会社TEKNIA 執行役員 社長室室長

米山 修氏

住友生命保険相互会社 支配人中部法人営業部長

【5月度産業懇談会開催日程】
【6月度産業懇談会開催日程】
【お知らせ】
【コラム】
コラム1 【保健師からの健康だより】 No.97
コラム2 【「ほん」のひとこと】 No.42
コラム3 【苗字随想】 No.119

【24年3月度産業懇談会(水曜第1G)模様】

テーマ『 国産牛肉について 』

日  時:平成24年3月21日(水)12時00分〜14時00分
場  所:名古屋観光ホテル 18階 伊吹の間
参加者:24名

スピーカー:
杉本 達哉(すぎもと たつや
杉本食肉産業(株) 取締役社長

杉本 達哉氏

1. 国産牛の基礎知識
 国産牛とは、「生後、日本で肥育された期間が最も長い肉牛」である。例えば、豪州で生まれ15ヶ月肥育した後、日本で16ヶ月肥育された場合は「国産牛」となる。しかし、豪州で生まれ15ヶ月肥育した後、日本で12ヶ月しか肥育されなかった場合は「豪州牛」となる。
 国産品種は、(1)日本在来種(古来、日本肥育されており極めて少ない)、(2)和牛(黒毛和牛、褐毛和種、日本短角、無角和種)黒毛和牛が90%を占める(3)ホルスタイン(乳牛であるが、去勢や子供を産んだメス)、(4)交雑種、(5)肉専用種、である。また、牛肉のイメージは、スタミナ源、たんぱく質が多い、調理し易いなどが大勢を占める。
 産地と銘柄は、三重県の松阪牛、兵庫県の神戸牛、滋賀県の近江牛が日本の三大和牛である。流通形態は、「相対取引」と「セリ取引」があるがスギモトでは相対取引が主である。相対取引とは、特定の農家の牛を全部買い取り、直接農家や農協と価格決定を行う。セリ取引は、生産者がどの様に肥育しているか判らない場合が多い。格付けは、品質の指標であり、歩留等級と肉質等級により細かく取り決められている。
 価格は、こうした格付けだけでなく、品種と部位、産地、銘柄、性別、月齢、瑕疵の有無などによって決まる。

2. 和牛の美味しさを決定する要素
 うまみはアミノ酸系の旨味成分であり、必須アミノ酸9種類である。いずれも肉から摂取し、筋肉や血液、骨などを合成する。たんぱく質は、アミノ酸が多数連結してできた高分子化合物であり、高たんぱくで、ビタミンに富んでいる牛肉は、スタミナ源として適している。
 和牛の美味しさを決定する要素はいくつかある。(1)血統、(2)飼料、(3)肥育期間、(4)性別、(5)環境:良い空気、静かな環境、質の良い井戸水、温暖な気候など、(6)技術:肥育技術、加工技術、適度に熟成したエージング技術、温度・湿度・微生物のドライエージング技術、

3. 国産牛の歴史と現状
 国産牛の歴史は、縄文時代から始まり極めて古い。過去30年を振り返ると、国内での生産量は横ばいで、需要は生産量を年々上回り、現在国産牛約40%、輸入牛約60%である。今後の見通しは、長期的には繁殖農家、肥育農家の減少が見込まれ、企業による牧場経営が必要とされる。また、短期的には、宮崎口蹄疫や、セシウム問題による供給減少が問題である。

4. 国産牛を取り巻く課題
 (1)国産牛の防疫と安全性の確保:BSE、口蹄疫、O-157、セシウムなどの徹底的防疫が必要である。(2)米国産の解禁とTPP:現在、輸入牛肉の関税は38.5%であるが、TPP参加により、関税撤廃の可能性がある。(3)産地事情:生産者の高齢化、環境対策、収益の悪化が問題である。

5. 安心安全への取組み
 (1)個体識別番号:全ての牛の生まれ、育ち等の履歴が全てわかる。(2)BSE全頭検査、(3)残留放射性物質検査を行なっている。

6. 自社紹介
 (1)会社概要:理念は「お肉で幸せと感動をお届けする」、歴史は明治33年創業で現在5代目でグループ4社、グループ売上げ約165億円である。小売直営店17店舗、ミートチェーン直営店9店舗、レストラン7店舗である。(2)業務内容:ホテルレストラン卸、量販店卸、メーカー卸、ギフト、小売、レストランである。(3)取扱商品:和牛、国産豚、国産鶏肉、加工肉などである。(4)会社の特徴:農家から小売りまで安全性を確保した一貫生産、お客様本位の商品開発、愛知ブランド認定企業である。(5)新たな取組み:食育、愛知ブランドの発信、新銘柄の確立、店舗と営業の全国展開、ネット販売などに取組んでいる。

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【24年3月度産業懇談会(火曜G)模様】

テーマ『 西松建設の歴史 』

日  時:平成24年3月27日(火)12時00分 〜 14時00分
場  所:名古屋観光ホテル 18階 伊吹の間
参加者:21名

スピーカー:
西松建設(株) 西日本支社中部支店長
一色 眞人(いっしき まこと)氏
同社 本社 技術研究所 技術戦略グループ 係長 
永山 智之(ながやま ともゆき)氏

一色 眞人氏永山 智之氏

1. 前創業期(〜明治10年)
 明治維新に始まる近代日本の歩みに不可欠な、「縁の下の力持ち」として多くの大手ゼネコンが創業した。建築系の人々は技能者集団の請負形態であり、土木系の人々は人間集団であり、土木系の企業者が企画・設計から調達に至るまでの一切を実施した。その象徴として、明治5年新橋・横浜間に鉄道が開通した。明治7年、西松桂輔が旗揚げし今年137年目となる。

2. 創業期(明治10年〜大正3年)
 桂輔は、西南戦争勃発時に荷役作業のために九州に上陸し鉄道工事に従事した。明治36年長男光治郎が稼業を継いだ。まだ独立して工事を請け負う力はないと判断し、明治39年西松組・間組間で合同歩合組合組織を結成した。

3. 個人経営時代(大正3年〜昭和4年)
 大正3年独立し京都に西松工業所を設立し、同年「運命の宮崎線第12工区」の線路新設工事を落札した。出血受注であり物価高騰などがあったが、組長自ら陣頭指揮に立ち全ての金を注ぎ込んで工期内に完成させた。これが鉄道院当局に感銘を与え、絶大な信用を得て、その後の鉄道工事で大きく飛躍することになった。大正5年西松組と名乗り、各地域の鉄道工事や水力発電工事を受注した。

4. 会社組織時代(昭和4年〜11年)
 昭和4年合資会社・西松組とし、会社のモットーを「組は組長個人のものでなく、組員全体の組である」として同族経営を否定した。

5. 海外進出時代(昭和11年〜20年)
 支那事変勃発に伴う軍需・民需の拡大に対応し、(株)西松組を設立した。その後の軍需中心の建設投資に対応し、昭和15年満州西松組を設立し、東南アジア諸国へも進出した。

6. 激動期(昭和20年〜25年)
 終戦により工事の9割を占めていた海外拠点とその資産を全て失った。当時最大の発注体であった米軍の工事も引揚者対策と社屋移転に追われ、完全に出遅れた。しかし、偶然仙台の米軍基地の工事を受注し、信頼を得て三沢基地の工事も請け負った。昭和23年西松建設(株)を発足させた。

7. 躍進時代(昭和25年〜30年)
 技術提携や機械化施工を行い、水力発電工事と米軍工事で大いなる躍進を実現した。

8. 高度成長期(昭和30年〜46年)
 高度成長の波に乗り、特に香港、タイでの合弁など海外進出に注力した。

9. 西松建設の現状
 高度成長期に当時の建設省の方針は、「業者育成策としてのJV」、及び「土木業界での新工法の1社独占は許さない。必ず協会を作って共有すること」であった。したがって、各社の独自技術が広く普及し均一化された。トンネルなどの難工事では著しい技術開発が行われ、シールド工法、NTM工法など安全な工事も実現できるようになった。また、談合問題もあり技術開発が鈍り、各社の持ち味に関係なく誰でもできるようになった。当社の得意分野を聞かれても「何でもできます」と答えている。
今後は、請負業への専念であり今後の維持修繕工事など仕事はなくならない。一方で、脱請負業への転換も考えており、いろいろトライしており、当社の得意分野を開発しながら競争力の源を築いていきたいと考えている。

10. 社会的課題への当社の対応
 (1)東日本大震災における初期対応、(2)がれき処理業務、(3)福島原発の除染技術の実証実験、(4)タイの洪水の技術支援、(5)新工法などについて説明された。

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【24年4月度産業懇談会(火G)模様】

テーマ『 古地図を手に、明治の名古屋商人の活躍を語る
                       −復活しよう 名古屋の旧町名− 』

日  時:平成24年4月10日(火) 12時00分〜14時00分
場  所:名古屋観光ホテル 18階 伊吹の間
参加者:28名

(株)料亭蔦茂 取締役社長 深田正雄氏のご紹介

スピーカー:
北見 昌朗(きたみ まさお
(株)北見式賃金研究所 所長

北見 昌朗氏

1. マップの研究
 私は、新聞社で12年間記者を勤め、その後中小企業に賃金を昇給することを提案する仕事をしているが、最近は本業の影が薄くなってきている。本日、お手元に23冊目の本「愛知千年企業(江戸時代編)」を配布している。色々と本を書いてきて思ったのが、一番疎いのが名古屋の歴史であるということであった。城山三郎氏の中京財界史の本を読んでも、恥ずかしいくらいわからなかった。地元に生まれ育ったので、勉強しないともったいないと思った。そして、本を書くのにどうしても避けて通れなかったのが、マップの研究であった。

2. 地形の地図(浸水マップ)
 国土地理院の許諾を得て、色別に海抜を表す地図を作成した。清州城は海抜5Mで、名古屋城の台地は15Mある。慶長大地震が関ヶ原の合戦の5年後に起こり、津波の被害を受けた。その恐怖心から名古屋に移ろうということとなった。名古屋城は、南側に沼、そして堀川がまさに堀で西から攻めにくい。なぜ碁盤割になっているかというと、攻められることがないという自信のあらわれであり、100メートル道路以外は、家康公の都市計画のままとなっている。
 織田信長は桶狭間の合戦において、清州城を出て熱田神宮に参拝し桶狭間まで海岸線を辿ったといわれている。問題は海岸線がどこかわからなかった。このマップには伊勢湾台風の浸水状況も記している。名古屋駅はもともと沼であり、ほんの一歩手前まで水が来ている。伊勢湾台風の浸水エリアが昔の海岸線と考えられる。ここを辿ると信長が辿った道となる。歴史の研究をするには、どうしても地図が必要となる。

3. 名古屋城下の地図(がんばれ名古屋商人)
 名古屋城下の一番の中心は「本町」にある。名古屋城と熱田神宮を結ぶメインストリートで、参勤交代のルートでもあった。本町通りの両側には名古屋を代表する商家が軒を並べていた。商人の夢は、本町通りに店を構えることであった。
 「茶屋町」は豪商茶屋中島氏が居宅を構えていたので、その屋号にちなんで付けられた。茶屋氏に劣らず繁栄したのが、松阪屋の前身、いとう呉服店を開いた伊藤次郎左衛門家である。
 桜通りの一本手前にあるのが「伝馬町」。ここは交通の要地であり問屋場が置かれていた。江戸と名古屋との書状や荷物を扱う飛脚は、江戸まで7日間で荷物を届けた。また、本町通りと伝馬町筋との交差地点には、高札が建っていて札の辻と呼ばれた。
 さらに、「がんばれ名古屋商人 明治時代版」を作った。川の位置を載せ、屋号を記載している。地名の由来、さらには豊田佐吉・喜一郎をはじめ、この時代に活躍した企業家たちの足跡を辿ることができる。

4. 町名を復活しよう
 歴史の本を読むと、全部町名が出てくる。この地図で注意深く見ていかないとわからない。郵便配達のために明治時代に町名を消し合理化した。昔の町名は通りでわかれており、1つのブロックがいくつもの町にわかれていたためである。名古屋人の多くが名古屋の歴史に疎い。学校で教育されていない。大きな本屋に行っても、名古屋の歴史の本がない。知ろうとしても知るよしもない。知ろうとしたら、その一番のネックとなるのが町名である。町名を復活させることが、歴史の再認識、歴史復活につながると考える。

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【24年4月度産業懇談会(水曜第2G)模様】

テーマ『 エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ グローバル事業の歩み 』

日  時:平成24年4月11日(水) 12時00分〜14時00分
場  所:名古屋観光ホテル 18階 伊吹の間
参加者:22名

スピーカー:
中村 芳博(なかむら よしひろ)
エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ(株) 
西日本営業本部東海支店 支店長

中村 芳博氏

1. 国際通信市場の歩み
 私は、1985年民営化したNTTが採用した1年目の社員(1986年入社)である。NTTが民営化した当時、日米間の通話料は平日1530円/3分であったが、今では約180円と9割くらい下がっている。1998年の段階でも国際通信は電話が主流であった。最近では、音声はIP電話等にとって代わり、音声(電話)自体の市場は縮小している。
 1999年、旧NTTは分割・再編成された。NTTコミュ二ケーションズはこのときから国際市場に出ることになった。その前後の世界の通信業界は欧米で自由化が進み、合弁会社設立等を含めアライアンスなどを組む傾向があった。しかし、結果的に仲良しグループは長く続かず、全て解消されることとなる。2000年代初頭のアメリカでは、大手の経営破綻があり、また次世代携帯免許の高騰が経営を圧迫したドイツやフランスでは政府が通信会社を救済する状況も生じ、この頃欧米の通信事業者はアジア等でインフラを増強する余裕がなかった。この当時の状況は、弊社が国際通信事業に参入後の早い段階でアジアで安定したポジションを築くことができた一つの理由だったと考えている。

2. 海底ケーブルの重要性
 通信というと当たり前のようにオフィスや自宅でパソコン、スマートフォンを扱うとつながるが、背景にあるのは国際回線である。日本は海洋国家であり、国際通信となると回線を海外につないでいかないといけない。国際海底ケーブルとそれを補完するものとして通信衛星があるが、97〜98%は海底ケーブルが使われている。国際通信の主役は海底ケーブルであり、国際通信事業を営む上ではこれを調達していくことが必須である。

【海底ケーブルに関するトリビア】
[ 1 ] どうやって敷設する?海底はでこぼこしている。山や谷がある。
(1)宙吊り、(2)海底の地形沿い、(3)海底から少し浮かせて敷設。
⇒(1)と(2)が正解。昔は海底の谷を渡すケーブルも存在した。
現在は地形沿いに張るのが主流。

[ 2 ] 切れたらどうする?修理方法
(1)代替ケーブル敷設、(2)潜水して修理、(3)引き上げて修理
⇒(3)が正解。浅く簡単な所はリモートで操縦できる機器による修理も可能な場合がある。ケーブルの大敵は漁船の底引き網などである。

[ 3 ] 使い終わったらどうなるか?
(1)引き上げて再利用、(2)そのまま廃棄、(3)他の用途に転用
⇒(1)と(3)が類似なので同じとするとすべて正解。領海内は引き揚げ、領海外は廃棄する。ケーブルの寿命はほぼ25年である。

3. 世界の通信市場はこれからどうなるのか?
 世界のデジタルデータのボリュームは上昇の一途であり、ストレージ(記憶する媒体)容量は追いついていない。一方、通信の単価は下がっている。通信の世界ではもはや国の概念が薄れ、ボーダレス、シームレスになってきている。また、新興国等において固定電話の普及率が低いことが課題視された時代もあったが、携帯、ブロードバンド、スマートフォンの普及が加速しており、比較的人口の多い新興国でのこうした現象もデータのボリュームを押し上げる要因である。
 ひとつの通信量増加に伴う課題として、インターネット上の住所であるIPアドレスの枯渇問題がある。IPv4アドレスは理論値で約43億個しか作れず、すでに管理する国際機関からの払い出しが終わっている。今後、企業においては、自社で使用しているシステムがIPv4に根差したものである場合は、新しいアドレスが入ってこなくなる前提で、今から対応の手を打っていくことが必要である。
 多様化を余儀なくされるセキュリティ対策や、利用者が激増しているソーシャルメディアも、さらにデータの通信量を増加させる一因となっている。フェイスブックのCEOも、今後のソーシャルネットワークの価値はつながっている人数ではなく、つながった人達にどのような付加価値を提供できるかで決まると明言している。ネットワーク上の付加価値はすなわちその上を流通する多種多様なデータによって実現される。
 ICTの巨人(グーグル、マイクロソフト、フェイスブックなど)は、通信キャリア化/複合化をしている。ケーブルを保持する事業者から借りるのではなく、自ら持とうとしている。グーグルは米国内でも光ファイバーに関する免許を取得して、放送の分野に参入しようとしており、通信、放送の垣根を越えた協業が進んでいる。(既存の放送事業者は過去から蓄積した豊富なコンテンツを重視しアーカイブに力を入れ始めており、新たなビジネスにつながっているが、ここでもその蓄積や配信に通信事業者が協力するモデルが進みつつある)。日本においても法体系の見直しがあり、規制緩和を含めて通信と放送の融合だけでなく、通信のネットワークを最大限活かせる社会へ向かっていくのではないかと思う。

4. その他
 弊社で提供中の050plusというサービスは、スマートフォンやタブレットにダウンロードできる音声アプリケーションで、携帯とは別のネットワークを利用しており、災害対策に使える可能性があるのでこの機会にご紹介したい。

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【24年4月度産業懇談会(木曜G)模様】

テーマ『 日本の弁護士業の明日と明後日 』

日  時:平成24年4月12日(木) 12時00分〜14時00分
場  所:名古屋観光ホテル 18階 伊吹の間
参加者:22名

スピーカー:
浅野 了一(あさの りょういち)
弁護士法人名古屋総合法律事務所 代表弁護士

浅野 了一氏

1. 弁護士業界の状況
 はじめに弁護士業界の現在の状況を説明したい。司法制度改革により司法試験合格者が増加し、司法修習生の就職難が叫ばれている。この改革の根底には、「それまで裁判に時間がかかり、それに伴い弁護士費用がかかる。十分な法的サービスが国民に提供されていない。」という問題があった。当時、裁判に2〜3年費やされるのが普通であり、1審だけで5年、時には7〜8年かかることもあった。また、依頼者が弁護士の選択をする自由が難しい時代であった。司法制度改革により法曹人口の拡大が推進され、裁判の充実・迅速化が図られた。
 一方、法曹人口の増加は、安泰だった弁護士業界に大きな変革をもたらしつつある。司法制度改革が閣議決定された2002年の弁護士数が約18千人、2011年には約3万人。9年間だけで約12千人の弁護士が増えている。また、新規法曹人数を3千人とした場合、11万数千人で安定、2千人とした場合、7万8千人前後で安定するという試算も出されている。

2. 弁護士業の変貌(マーケティングの必要性)
 日本の50大法律事務所(2011年版)を見ると、大手法律事務所の名称からわかる通り近年合併などを繰り返すとともに、この数年若い人を積極的に採用して人員を大幅に増やしながら事務所を拡大している。また、弁護士資格を有して企業に就職している人がここ数年急増している。一定規模以上の企業では、法務担当が弁護士となるのは一般的なことになる。
 また、弁護士業界においては、かつての繊維産業のように商品の供給不足から供給過多へと変化している中で、今までになかったマーケティングの必要性の問題が浮かび上がっている。法律事務所の取組みの事例として、お客様向けのセミナーを開催する、女性のための離婚法律相談初回相談料を無料にする、HPによる情報発信、24時間お客さまからの受付を行う、専門分野に特化する、他のサービス業の良い点を取り入れるなど、様々な取り組みが行われている。これらのことはかつての弁護士事務所では考えられないことであった。翻ってみると企業からすると至極当然のことである。かつて弁護士業界ではマーケティングをすることは品位がないという考え方が主流であった。しかし、1企業として、企業の皆様と同じ価値観を持ち、努力することが大切だと思う。弁護士業の明日にとって、マーケティングが大事だと思う。

3. 弁護士業の明後日
 司法制度改革に携わった人も含めていまだに具体像は鮮明ではない。弁護士業の明後日は不明で、まさに就職先がない、仕事がない弁護士が必死に知恵を出して、自分たちで考えて何らかの道を開いていくしかない。
 私の事務所では、組織作りと人づくりを重視している。組織作りのために慣例であった勤務弁護士の兼業を不可とした。職務専念義務が弁護士にはなく、経営弁護士との軋轢が深くなり、3〜5年で辞めて行くという勤務弁護士の循環の連鎖を断ち切らないと組織はできないと考えた。また、人づくりにおいては、弁護士は企業における商品と同じだと考え、商品の品質向上に努めている。社会人としての人間力の育成・強化を図るために、弁護士界以外の社外の研修を積極的に受講するプログラムを取り入れている。
 私は2011年にはじめてドラッカーを知り、そして松下幸之助を知った。顧客満足、CS経営、市場に目を向けるという企業の皆様の視点を理解できるようになった。企業法務を担当するうえで、企業の皆様と同じ視点で、同じ言語を使うことの重要性を学んだ。
 最後に私の希望として、法律事務所を法人として存続させることにより、自分が最後にきれいに終わりたいと思っている。

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【名古屋いちばん物語】 No.28

テーマ『 「住吉の語り部となりたい」 シリーズ第13回 』

料亭つたも主人
深田正雄

戦後の蔦茂:良矩の遊び心とアイデア旅館経営から料亭へ

 戦後、良矩・静江の奮闘で昭和21年夏には最も早いペース住吉町二丁目で木造2階建て7室の蔦茂旅館を再興、連日満室状況で繁盛したようです。焼け野原の中、建設に当たり苦慮した点は名古屋市が昭和20年12月に発表した「大中京再建構想」に基づく区画整理事業との兼ね合いであったといわれています。明治から続く八百屋町店は進駐軍将校の宿舎建設(アメリカ村)に伴い土地を全て強制供出、住吉周辺は旧所有者から40%前後の減付により道路公園を拡充するというトンでもない指令でした。事業区域決定前(決定は昭和21年4月2日)に計画を入手、変更あればいつでも取り壊しする条件の下、英文つき覚書を交わし新築建設しました。
 祖父が語ったことは、「敗戦国でアメリカ植民地だがや!土地接収が否なら、銃殺・・・といわれたぞ!そして、各寺院の墓場まで掘り起こし、平和公園に移転、寺社は60%前後の土地について供出や換地対応を迫られたのだ。」と聞いています。
 この市民の協力による戦災復興計画が、名古屋の中心部の緑・公園、道路建設となり2本の100m道路など尾張藩碁盤割を一層拡充した、世界にも類少ない都市づくりとなっています。
 区画整理決定後は、昭和23年には東に隣接して2階建て木造大宴会場を含め5室増築、既に、営業の中心は宿屋から料亭への移行が行われていました。勿論、統制経済の中ですから表向きは旅館のお客様が一緒に仲間と食事するという業態であったようです。
 また、昭和26年10月には北側に岩城建築設計事務所・岩城誠一郎氏による4階建て玄関ビル・数寄屋造り2階建て純和風別館(現存)建設で料亭としての営業形態も整ってきたようです。

 終戦直後の開店から繁昌したのは女将静江の気遣い奮闘だけでなく、良矩の遊び心センスがお客様のニーズをつかんだようです。
 ビジネスマンに必要な情報として、電話を各部屋だけでなくトイレ内、浴室、脱衣場にも設置、交換台を通じて市外局申し込み後の待ち時間対応でどこにいても通じる旅館として大好評!新聞も近郊県・東京版など10紙以上、テレビも試験放送の昭和28年ごろから全室に完備して、近隣の商人達が「力道山の空手チョップ!」だと連日押し寄せてまいりました。
 洋風のトイレ、バスも完備しているハイカラ旅館として話題でした。また、宴会や接待の対応では、毎日、名妓連芸者衆を2-3名常駐、玄関を2ヶ所にわけ談合などに対処、京料理の薄味会席で板場も10名以上配属して関東や関西のVIP対応できる料亭としての礎を築いていきました。
 良矩の長男正矩(父)は名古屋市立第三商業学校を卒業後、箱根富士屋ホテルで3年間修行して、近代ホテルの祖・山口正造から薫陶を受けました。結核を患い、兵役を免れ病気療養しておりましたが、戦後は良矩の妹が当時、日本紙統制連合委員長・三菱製紙・岡本達郎社長の妻というご縁があり統制物資の紙配給を受ける愛産印刷株式会社を創業し事業拡大しておりました。昭和30年ごろ蔦茂新館建設プロジェクトもあり、印刷業を従妹の主人竹尾氏に委譲して家業の発展に妻・のり子と貢献することとなります。そして、東京都文京区八千代町では株式会社愛工社を設立、次弟・次郎に運営を任せた中堅印刷会社も経営しておりました。
 そして、神武景気に沸く国内経済成長の最中、昭和32年には5階建て鉄筋コンクリートビル建設の43畳の大宴会場広間など、7室を新築料亭としての機能を充実させてまいりました。
 この頃から、小生の父・正矩は狭い敷地内での増築に対して「日本文化のテーマパーク」としての品格をいかにビル内で維持するか腐心していたようです。石庭の庭園、ミニ枯山水園など各部屋に設置するほか、文化勲章受賞された著名な日本画家の新作を画商などから入手、現在のコレクションに繋がり、季節ごとに名画をお客様に御鑑賞いただけることに、喜びを感じておりました。
 また、良矩のアイデアでビルの屋上には名古屋で初めてインドアゴルフ練習場を設置して、接待客の待ち合わせや話題提供の場として、評判となっておりました。


写真:昭和21年建設の蔦茂旅館全景墨絵、当時のままの「ヒノキとシバ材」粋な黒塀と7室の旅館は栄ミナミ・住吉町の癒やしのスポット。

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【中部再発見コーナー】 笠寺編

2011/11/18実施
ステキ・小粋・まち歩き。第6回/笠寺編の報告

中部経済同友会・「文化のまちづくり委員会」主催

                    副委員長  夢童由里子 記

   第6回「ステキ・小粋・まち歩き」

中部経済同友会の「文化のまちづくり委員会」では以前より、まち歩きを実施。
これは海外・県・市外から観光に訪れる人口の低迷、当地のアピール不足の解決策、
経済と文化は両方揃ってこそ「まち」と呼び、文化とはなんぞや、など等の思惑で始まったものです。
知っているようで知らない。足元を知らずして他所の人に「こんなにも良い所です」と、案内もできない。
さあ歩こう。
自分たちの住むまち 「イイとこ捜しウォーク」の出発です。

2011/11/18

この日は薄曇り、まち歩きには程よいお天気で元気よく「まち歩き」をしました。

  
6回目の今回は約30名参加で南区の笠寺界隈を歩きました。笠覆寺に集合です。商店街振興組合の伊藤邦一理事長より説明を頂き。
また、本堂で 「笠寺観音」の縁起などを吉川政春副住職から説明を伺いました。お二人の丁寧な解説に参加者思わず聞き入り、メモをとる会員の姿もありました。

  
なんと、宮本武蔵の碑もありましたよ。知らなかったです!。宮本武蔵の百年忌にあたる延享元年(1744年)に、左右田邦正という人物とその嫡子行重が、笠寺観音に武蔵の顕彰碑を建てたということです。

  
「ある日、雨ざらしでびしょ濡れだった観音さまに、かぶっていた笠をかぶせる優しい女性がいたのを、京から来ていた藤原兼平公が見そめ、後に彼女は兼平公と結ばれた。
その人は「玉照姫」と呼ばれた」。縁結び参り(結縁成就)で有名な尾張四観音のひとつ「笠寺観音」の伝説です。笠寺の名前の由来とかをお聞きしました。

   
  
「見晴台公庫資料館」へ。遺跡からでたものを丁寧に洗い出す女性職員。根気が要ります。雑な仕事ではキレイに洗い出せないとか。この地域で、龍の瓦が出土とはさすがです。中日ドラゴンズのご先祖さまですね??〜。

  
弥生時代後期の住居や環堀集落もあり、興味深いです。昔の街道、江戸から88里にあたるのが「笠寺1里塚」。
旅人はホッとした事でしょう。笠寺福祉会館では「回想法センター」も見学しました。

  
圧巻は東光院で、一般公開されていない宮本武蔵「自筆の掛け軸、自作の木刀、二刀流の構えの自画像」などを見る機会を得たことです。
「南無天満大自在天神」の掛け軸には、「南無」の二字を右手で、「天満大自在」の五字を左文字で、「天神」の二字を右文字で書き分けたといわれています。
「運は天にあり勝ちは人にあり」と読み武蔵の生きかたを述べたものと解説をされた御住職の話です。東光院所蔵。
350年以上前の木刀は乾燥していて、思ったより軽かったですよ。ミ、ミ、ミヤモトの武蔵さんが持ってた木刀かと思うと、
ゾクッときましたね!


吉川政春副住職を囲み、赤いマフラー姿で参加者の記念撮影。
さて、次回、7回目は八事界隈に「ステキ・小粋・まち歩き」です。次回のマフラー・タオルの色は何色でしょう?

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【新会員自己紹介】

相川 孝廣氏
木曜グループ

相川 孝廣(あいかわ たかひろ)
大三鋼機株式会社 代表取締役

【大三鋼機株式会社】
〒455-0056 名古屋市港区砂美町50-1
Tel:052-652-6431 Fax:052-652-6434
URL:http://www.daisankouki.co.jp

大三鋼機の相川と申します。
この度、産業懇談会木曜グループに参加させて頂くことになりました。
どうぞよろしくお願いいたします。

当社は、鋼材販売業として、昭和22年に創立され、66年目を迎えています。
もともとは、鋼材販売を事業の中心として展開してまいりましたが、近年モノ作りの効率化、コスト削減への要求が大きくなってまいりました。
そこで我が社は、2004年からレーザー加工と曲げ加工、2010年からウォータージェット加工をスタートさせ、加工業に変身してまいりました。我々は「お客様と共に」を信条とし、絶えず世の中の変化とともに、変わっていける会社を目指しております。
営業範囲は、愛知、三重、岐阜、大阪です。特に小ロット、短納期を得意とし、現在600社のお客様と取引させて頂いております。
産業懇談会を通じて、いろいろな業種の諸先輩方と交流することにより、この激しい時代を生き抜くヒントを得られればと思っております。ご指導の程よろしくお願いいたします。

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竹 青氏
水曜第2グループ

竹 青(ちく せい)
株式会社TEKNIA 執行役員 社長室室長

【株式会社TEKNIA】
〒454-0954 名古屋市中川区江松3-459
Tel:052-303-3347 Fax:052-303-3354
URL:http://www.teknia.co.jp

株式会社TEKNIAの竹 青と申します。
このたび中部経済同友会に入会させて頂きまして、ありがとうございます。産業懇談会の水曜第2グループに参加させていただいております。何卒よろしくお願いいたします。
弊社は精密機械加工を専門とした事業の展開をしております。マシニングセンター・NC旋盤・複合機・汎用機・研磨機等、バリエーション豊富で機械を揃っております。一貫生産は売りで、材料から加工全般に亘り、自社自己完結型でお客様の手をわずらわせません。また、多品種・小ロット・高品質のモノを得意としています。最近では、航空機の部品も製作しています。加工の分野:工作機械・航空機・鉄道・電子機器部品の製作加工。
私は20年前に来日、20年間名古屋にいました。名古屋は私の第二故郷です。気候も生まれ育った上海とよく似て、違和感もなくすんなり溶け込んだのです。食べ物も問題なく、私にとって、住み易いです。東京、上海みたいな賑やかさがないけれど、暮らしには一番いい街です。この20年ここに居てよかったと思います。
この産業懇談会を通じて、いろいろと勉強させていただきます。各業界の先輩方との交流の機会を頂けたこと、感謝します。何卒ご指導の方をよろしくお願い申し上げます。

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米山 修氏
水曜第2グループ

米山 修(よねやま しゅう)
住友生命保険相互会社 支配人中部法人営業部長

【住友生命保険相互会社】
〒461−0004 名古屋市東区葵3-15-31 住友生命千種ニュータワービル5F
TEL 052-936-1501  FAX 052-936-1502
URL:http://www.sumitomolife.co.jp/

住友生命保険相互会社の米山修と申します。
このたび鳥山聡の後を受け、産業懇談会水曜第2グループに参加させて頂くことになりました。よろしくお願いいたします。

「理想の会社を創ろう」。この創業の決意から住友生命は生まれました。それから百年の時を超えて「お客さまの人生を守る」という使命感をもって歩みを続けてきました。
住友生命では昨年度より、お客さまとご家族の人生を守り、支えていく決意を「あなたの未来を強くする」というメッセージに託した、新しいブランド展開を行っております。
新しいブランドの下で、お客さまとのあらゆる接点で「お客さま中心主義」を徹底してまいります。

さて、私は初めての名古屋勤務です。「生まれて血縁 育って地縁 学んで学縁 勤めて社縁」という言葉がありますが、当地での新たなめぐり合いを大切にし、「住んで都」にしていきたいと思っております。

産業懇談会の皆様におかれましては、何卒ご指導賜りますようお願い申し上げます。

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【5月度産業懇談会開催日程】

木曜グループ、火曜グループ以外は、名古屋観光ホテルでの開催です。
グループ名 世話人 開催日時 テーマ・スピーカー 場所
火曜グループ
安井善宏
深田正雄
5月8日 (火)
12:00〜15:40

知の拠点あいち(あいち産業科学技術総合センター)視察会
※出席者の方には詳細案内をお送りします。
※後日、実費を精算させていただきます。

3階
桂の間

水曜第1グループ 飯田芳宏
落合 肇
5月23日(水)
12:00〜14:00

(株)中部プラントサービス
取締役社長 浅野晴彦氏
「電力のインフラを支える中部プラント」


3階
桂の間

水曜第2グループ 片桐清志
見祐次
5月9日(水)
12:00〜14:00

三井不動産(株)
支店長 田邉義幸氏
「不動産業 ここ10年間のトレンドについて
〜アウトレット、Jリート、スマートシティなど〜」

18階
伊吹の間
木曜グループ 河村嘉男
倉藤金助
5月10日(木)
9:00〜18:00

中部電力(株) 浜岡原子力発電所視察会
※出席者の方には詳細案内をお送りします。
※恐れ入りますが、バス座席の都合上、定員を先着30名様とさせていただきます。
※出席のご希望を多数いただいた場合、木曜グループ会員の方が優先となりますのでご了承下さい。
※後日、実費を精算させていただきます。

(集合場所)
地下鉄東山線「上社」駅
名古屋市名東区上社1丁目803

( 注1 ) 水曜第1グループの開催日が、当初の16日(水)から23日(水)へ変更となっております。
( 注2 ) 8日(火)、10日(木)の視察会スケジュールについては、下記をご覧下さい。

<ご参考>

1. 5月8日(火)火曜グループ:知の拠点(あいち産業科学技術総合センター)視察会
住所:愛知県豊田市八草秋合1267-1 電話:0561-76-8301

「知の拠点」の主な役割

  1. 大学の研究シーズを企業の事業化につなげる産・学・行政の協働研究プロジェクトを実施。
  2. 中堅・中小企業に対して、製品化・事業化に向けた研究開発から試作まで支援。
  3. 高度かつ汎用的な計測機器による分析・評価、ソリューション機能により企業の研究開発、製品開発を支援。

企業は、あらゆる物質の分析・評価など研究開発において「知の拠点」を利用することが可能ですので、ぜひこの機会に現地を視察いただきたいと存じます。

12:00

名古屋観光ホテル3階 桂の間 集合

12:00〜12:30 昼食
12:30〜13:15 バスにて移動(スケジュール説明)
13:15〜13:20 センター長ご挨拶
13:20〜13:50 概要説明
13:50〜14:30 施設見学
(1)科学技術展示コーナー
(2)高度計測分析機器計測分析室
(3)シンクロトロン施設(工事中)
14:30〜14:45 質疑応答
14:45〜14:50 集合写真撮影
14:50〜15:40 移動・商工会議所ビル着、解散

2. 5月10日(木)木曜グループ:浜岡原子力発電所視察会
住所:静岡県御前崎市佐倉5561 電話:0537-86-3481

9:00

地下鉄東山線 上社駅 集合

9:10〜11:45 バスにて移動 ※浜名湖SAにて休憩を予定
11:45〜12:30 「なぶら市場」にて昼食
御前崎市港6099-7
12:30〜13:00 移動
13:00〜15:00 浜岡原子PR館・浜岡原子力発電所
(1) 概要説明
(2) 館内案内
(3) 津波対策工事見学
(4) 集合写真撮影
15:00〜18:00 移動・地下鉄東山線 上社駅着、解散 ※浜名湖SAにて休憩を予定
※浜岡原子力発電所の視察にあたり、 事前の参加者名簿の提出、また当日は本人確認のため身分証明書が必要となります。
※ご参加をご希望の方は、名簿の事前提出期限の都合上、4月23日(月)までにご連絡を下さいますようお願い申し上げます。

3. 出欠のご連絡
ご出席いただける場合は、本通に同封のFAX返信用紙にご記入の上、各会申込締日までにご連絡願います。(代理出席はご遠慮いただいております)
  また、ご出席回答後、ご欠席に変更の場合、事務局へご連絡下さいますようお願い致します。

4. 事務局担当
鈴木・山田 電話:052-221-8901
<緊急連絡先>鈴木(携帯):080-6974-6493

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【6月度産業懇談会開催日程】

名古屋観光ホテルでの開催です。
グループ名 世話人 開催日時 テーマ・スピーカー 場所
火曜グループ
安井善宏
深田正雄
 6月 19日(火)12:00〜14:00 (株)ポッカコーポレーション
創業者 谷田利景氏
「成功は缶コーヒーの中に(※)」
(※)同名著書を3月30日に上梓されました。
まとめてご購入の場合「書籍のご購入方法について」をご参照ください。
3階
桂の間
水曜第1グループ 飯田芳宏
落合 肇
 6月 20日(水)12:00〜14:00 (株)サイトー
代表取締役 齋藤道雄氏
「町工場 あっという間の47年」
18階
伊吹の間
水曜第2グループ 片桐清志
見祐次
6月 13日 (水)
12:00〜14:00
(株)メタルテクノ神戸
取締役 神戸 理恵子氏
「井桁屋と神戸と私の320年」
18階
伊吹の間
木曜グループ 河村嘉男
倉藤金助
 6月 14日(木)12:00〜14:00 テンプスタッフ・ピープル(株)
取締役社長 日比野 三吉彦氏
「労働市場を取り巻く環境と課題」
18階
伊吹の間

<書籍のご購入方法について>
『成功は缶コーヒーの中に』
最寄りの書店でご購入いただけますが、本書籍をまとめてご購入される場合、(株)正文館書店 取締役会長 谷口 正明 様(水曜第2グループ)に便宜を図っていただけます。

(株)正文館書店 Tel:052-931-9321 Fax:052-931-8327
担当者:各務(かくむ)・新井

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【お知らせ】

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【コラム】

コラム1 【保健師からの健康だより】 No.97
花ちゃんからの健康だより

株式会社 スズケン
保健師 鳥巣 妃佳里

『 ストレスも味方にしよう 』

 新年度を迎えて一ヶ月が過ぎ、通勤途中にある桜並木もすっかり若葉に変わってしまいました。暖かくなったなぁと思ったのもつかの間で、すでに外を歩くと少し汗ばむほどですね。

 さて、皆様はストレスを感じた時、どのように対処されていますか?今年の春のように気温の変化が激しい環境も、年度末決算などの仕事上の負荷もストレス要因となります。また年度が変わるときには、慣れ親しんだ人との別れや新しい人間関係の構築、新しい業務負荷などがかかりやすいため、自分でも気付かないうちにストレスを溜め込んでしまうことが多くあります。

 ストレスがたまっている時には、ストレス要因となっているものから少し離れてリラックスすることが大切です。リラックスすることで緊張がほぐれて気分転換ができますし、冷静になれたり、集中力を高めたりすることもできるようになります。
 リラックス法にはいろいろなやり方がありますが、今回は仕事の合間にも気軽に試していただける、筋弛緩法と深呼吸の方法をご紹介したいと思います。

【筋弛緩法】

  • 椅子に座る(家の場合にはベットやソファーに寝た状態でも良い)
  • 身体の一部分(疲れている部分)にギュッと力を入れた状態を数秒間保つ
  • 数秒間力を入れ続けた後、一気にパッと力を抜いて10秒程その状態を保つ
    例)・ギュッと目をつぶり目・鼻・口を顔の中央に集めるように力を入れ続けた後、パッと力を抜いて目をあける
      ・肩をギュッと上に上げて力を入れ続けた後、パッと力を抜いて肩を落とす
                                                                    など

【深呼吸の方法】

  • 椅子に座って軽く目をつぶる(家の場合には寝た状態でも良い)
  • まず、口をすぼめてできるだけゆっくりと息を吐く(完全に吐ききる)
  • 完全に息を吐ききったら、鼻から一気に息を吸う
  • 口をすぼめて、できるだけゆっくりと息を吐く(完全に吐ききる)
  • 数回繰り返したら、普通の呼吸に戻して目をあける

 人は生きていく上でも仕事をしていく上でも、ストレス要因を完全になくすことはできません。けれども過度に溜め込まずにうまく解消していけると、適度なストレスは仕事の効率をあげたり、人生を豊かなものにする“スパイス”になります。リラックス法を上手に取り入れ、ストレスも味方に付けてしまいましょう。

ストレスを上手に味方にして、健康で味わい深い生活を送りましょう

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コラム2 【「ほん」のひとこと】 No.42
コラム【理念経営物語】

株式会社 正文館書店 取締役会長
谷口正明

「角川ソフィア文庫 ビギナーズ・クラシックス」シリーズ

  高校生のとき最も嫌いな科目だった「古文」が、このごろとても面白くなってきました。古語辞典もよく引くようになりました。還暦が視野に入ってきた私の中で、「和への回帰」がどんどん進行しています。そんなときに出会ったのがこのシリーズです。
 このシリーズは、家や会社では読みません。覚王山から栄までの8分間の地下鉄の中でしか読まないのですが、この2年で10冊を超えました。私は車で通勤していますので、地下鉄を利用するのは飲みに出かけるときですから毎日ではありません(多いことは多いのですが)。少しずつの積み重ねがいかに大切かを痛感しています。
 このシリーズの良い点は次のようなところです。

  1. 文庫(サイズ)なのでポケットに入る
  2. 原文部分が大きく太い文字で見やすい
  3. 図版が多い
  4. 入門編なので解説が平易
  5. 原文を適度な長さで切って解説が入れてあるので読みやすい

 「日本の古典」「中国の古典」「日本の思想」などのジャンルがあり、どれも気軽に入って行けます。細切れの時間を有効に使うにはもってこいのシリーズです。

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コラム3 【苗字随想】 No.119コラム【理念経営物語】

片桐清志

「刀」と「甲」

  前号では「公」と「武」を取り上げた。今月は端午の節句間近なので武者人形に因んで、武士のシンボルである「刀」と「甲」に関する苗字に注目してみた。
 「刀」で始まる苗字は29種見つかった。結構あるものだ。一字姓の「刀」もあり、カタナ・タチ・トウとお呼びする。よく知られた苗字では「刀根」で、ランキングでも2832位で堂々の3000番内だ。ユニークな苗字では刀佩(タチハキ)、刀木(クヌギ)、刀根館(トネダテ)などが見つかった。
 「刀」の仲間の「剣」で始まる苗字も16種見つかった。こちらも一字姓の「剣」があり、ツルギ・ケンとお呼びする。おなじみなのは剣持(ケンモチ・ケンモツ・ケンジ)でランキングでは刀根より上の2466位だ。ユニークさでは剣先(ケンサキ)、剣山(ケンヤマ)などが見つかった。
 「甲」で始まる苗字は「刀」姓と「剣」姓の合計より多い78種が見つかった。攻撃の道具より身を守る防具の方が苗字には好まれたようだ。一字姓の「甲」もあり、カブト・コウ・キノエ・ハジメ・ヨロイとお呼びする。ランキングでも甲斐の800位を筆頭に甲田の1284位、甲賀、甲野などが6000番内にランクインしている。ユニークさでは甲作(カブトツクリ・ヨロイツクリ)、甲勝(カットウ)、甲子(カシ・コウシ・カブトコ・キノエネ)、甲州(コウシュウ)、甲絵(カエ)、甲矢(カブトヤ・コウヤ)、甲冑(カッチュウ)、甲羽(カッパ)、甲頭(コウトウ・カブトカシラ)、甲尾(コウオ)、甲口(コウグチ)、甲足(コウタリ)、甲高(コウタカ)、甲良(コウラ・カワラ他)、甲神(コウシン・コウジン)などが見つかった。
 因みに、「兜」姓も6種が見つかった。一字姓の「兜」もあり、そのままカブトとお呼びする。さらに「鎧」姓も3種が見つかった。こちらも一字姓の「鎧」があり、そのままヨロイとお呼びする。
 「刀」さん、「剣」さん、「甲」さん、「兜」さん、「鎧」さんが勢揃いする場面を想像すると愉快だ。

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【平成24年4月号編集後記】

 来月の5月21日朝(名古屋では午前7時31分ごろ最大食)、「金環食」が見られる。日本では1987年の沖縄以来、本州では1883年以来であり、次に見られるのは2030年の北海道だ。通勤途上の人もいるだろうが、せっかくの無料の素晴らしい天体ショーを是非とも見ておきたいものだ。当日の晴天を期待したい。
 日食が起こるメカニズムは今では小学校の理科で習う。天文学のなかった時代には太陽が欠ける現象は不吉な天変地異であり「神のたたり」とも思われた。今ではどんな日食がいつ、どこで起こるかを正確に予測できる。ミステリーは薄れたが、神秘的な現象であることに変わりはない。天文学の進歩は多くの不思議を解き明かし、無用の不安を取り除くだけでなく、「地動説」に代表されるように我々の宇宙観、世界観を大きく変えた。
 天文学に限らず「自然の営み」は私たち人間に多くの教訓を語りかけてくれる。当たり前と思っている日常も決して不変ではないし、不滅でもない。時間や距離のスケールを少し日常の感覚から変え、スケールアップするだけで今まで見えなかったものが見えてくる。
 今度の金環食は、多忙にかこつけて思考停止している脳を刺激するいい機会だ。太陽の様々な恵みを思い起こし、少し謙虚な心で自然の営みが語りかけている声に耳を傾けたいものだ。

 さて、「産懇宅配便」の新年度号も無事お届けすることができた。通常の例会模様に加え、連載のコラムも満載だ。スピーカー各位とコラム執筆者に改めて感謝したい。さらに新年度のスタートを飾るに相応しい新会員も3名ご紹介できた。新会員を心から歓迎する。本会を十分にお楽しみいただきたい。
 今年の中部経済同友会のテーマは「夢のある新しい日本の創造〜中部からの発信と行動」だ。箕浦筆頭代表幹事は常々「とにかく実行に移す」ことを強調している。世代を超えた日本人の良さ、強さを引き継いでいきたいとの強い思いを感じる。「産懇宅配便」もその一翼を担っていきたいと思っている。会員諸兄のご協力とご支援をお願いしたい。

(片桐)