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水曜第1グループ
林 隆春(はやし たかはる)氏
株式会社アバンセコーポレーション 代表取締役社長 |
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【株式会社アバンセコーポレーション】
〒491-0913 一宮市中町1丁目8番26号
TEL:0586-43-4511 FAX:0586-43-3220
URL:http://www.avance-corp.com/ |
株式会社アバンセコーポレーションの林と申します。
このたび、産業懇談会水曜第1グループに参加させていただくことになりました。
どうぞ宜しくお願い申し上げます。
私が37年前に結婚した連合いの義父は全盲で、社会との関わりを持たない人で、親戚や行政も彼と関わることはほとんどありませんでした。
26年前、私は日系ブラジル人の人材派遣を始めましたが、彼らの仕事の評価は高かったにもかかわらず多くは1〜3年で帰国し、優秀な人材ほど二度と日本に戻って来ることはありませんでした。
彼らは単身で来日し、友達は無く、日本語が弱く、孤独感があり、日本のルールや文化の違いに悩んでいることは理解していましたが、1年以上経過してその時期を過ぎても社会に溶け込めない焦燥感、男性中心の呼び寄せのため結婚相手がいないこと、夫婦で来日した場合にも、保育園、学校、教育……と考えると定住のハードルは高く、2〜3年すると心が折れて帰国を決断するのでした。日本人従業員であれば管理者は仕事の関わりだけでも大きな問題はないでしょうが、日系人は全盲の義父と同じでハンディキャップゆえの不適応に苦しんでいるのがよく理解できました。そこから当社の多文化共生事業が始まりました。
日本語の通信教育、通学形式の日本語教室、ウェブを使った生活相談、外国人の共同墓地運営、外国人の高齢者用グループホーム、DVシェルター・ホームレスシェルターの運営、炊出し、アルコール依存症のための断酒会……など、活動が徐々に広がり、現在は職業訓練等を外国人だけではなく、日本人の貧困者向けにも行っています。
私が初めてブラジルを訪問したのは1985年、ブラジルが軍政から民政に移行したまさにその時でした。凄まじいインフレの渦中、日系社会はブラジルの政治・経済に翻弄され、生き方の羅針盤を見失っていました。「クルザードで働いても生活の安定が得られないなら、安定した円を稼いで生活を立て直そうよ」から、近江商人が言う「三方よし」の出稼ぎビジネスは始まりました。一時期舞い上がってこのビジネスを天職とまで思い、1990年のバブルに向け猛進する日本に日系ブラジル人を送り続けました。
1991年、バブルがはじけ、景気の閉塞感が蔓延する1995年、当時の日経連は労働者を「長期蓄積能力活用型」「高度専門能力活用型」「雇用柔軟型」と三つに分ける「新時代の『日本的経営』」を提言、人件費の圧縮や人件費を売上高と連動、同時に雇用の階層化を推し進めました。階層化の重要なツールである派遣法も対象職種が拡大、期間も長期化、1999年の改正で一部の禁止職種以外は全て派遣が可能となり、その結果、リーマンショック以後私たちの業種がコストカットビジネスとして社会の非難を浴びることになりました。そして、私どもの会社も業務請負の規模は3000人から1500人へと約50%縮小しました。
私の生き方はハンディキャップの人たちと馬が合うらしく、有料老人ホームを今年は5棟ほど建てます。老いを支える仕事も結構楽しいものです。61歳を迎え、人生の持ち時間を考えるようになり、次世代が少しでも幸せになれるようなソーシャルビジネスにして仕事人生を終えたいと近頃考えています。
産業懇談会のみなさまとの交流を通してさまざまな勉強をさせていただきたいと考えておりますので、今後ともご指導ご鞭撻を賜りますよう心よりお願い申し上げます。 |