コラム1 【さっかの散歩道】 No.31
長瀬電気工業株式会社
代表取締役 屬 ゆみ子
『 初雪の音〜その2 』
正月からまた大雪の日本列島。雪が舞い始めると街中から音が消える。人や車の往来が減るのもさることながら、雪の結晶が、街にあふれる様々な『音』を吸収し、“しん”と静まり返る。舞い落ちる雪の音を聞いた人は誰もいない。だから「深々」と降るのだろう。音のない世界が広がって、耳鳴りにも似た頭の中の張りつめた緊張音が聞こえ始める。普段からお一人様の私は、この頭鳴りともいう音が決して不快ではなく、むしろ面倒を雪と共にリセットしてくれる効果音のような気がして、それもまた雪好きの一因となっているのだと思っている。
この静寂音を一気に打ち消す音を聞いたのはフランスのスキー場、AVORIAZのコンドミニアムに宿泊中の時だった。AVORIAZは、レマン湖南岸にあるエビアンの南側、スイスとの国境にまたがる一大リゾート地。夏の4か月は避暑やネイチャーツアー、ゴルフ、冬の4か月はスキーと年間8か月しか開かない。ベースとなる標高1800メートルのレセプションに到着すると、そこから先、車は乗り入れられず、冬の場合、歩くか滑るか馬車か雪上車での移動のみ。学生時代に日帰りスキーをしたことがあったので一度宿泊してみようと、現地集合の友人たち何人かとコンドミニアムを借りてみた。
|
AVORIAZ1800mベースに1,000室〜
コンドミニアムとコテージがあり、街になっている。崖の向こうはスイス |
ベースが1800mなので、ゲレンデはそこから3200mまでリフトを乗り継いで登り、東に降りればスイス、西に降りればフランスとスキーをしながら国境を行き来できるようになっている。実はこのスキー場、AVORIAZを起点に12のスキー場がゲレンデ、ゴンドラ、リフトでつながるPortes du soleil(太陽の扉)といわれる、全滑走距離が670kmというとんでもないスキー場だ。ツーリストスキーヤーが1週間やそこらで滑りきれる距離ではない。そんなことから、「スキーはAVORIAZ」が毎年の恒例になった。
その年はやたらに雪が多かった。ジュネーブからチャーターしたタクシーも、通常なら1時間半の山道を2時間以上かけて登った。ヘリコプターだと15分と聞いて「いつかお金持ちになったらヘリ!」と車酔いギリギリの頭で思ったほどだ。部屋にチェックインをすると、とりあえず1週間生活するための雑貨(ティッシュやらバス用品やら)や食料を買い込みに行く。街なのでスーパー2軒、映画館、ボーリング場、レストランとパン屋はそこかしこ、スポーツショップと何でもある。
|
夕映えのAVORIAZ標高が高いのでピンク色に染まる
奥(南)はモンブラン |
この雪だと明日は滑れないかもね、など言いながらその日はベッドに潜り込む。酸素が薄いし静かだし、ワイン2〜3杯飲んだだけですぐ眠くなるのだ。で、夜も明けぬ4時、雪山の静寂を切り裂く爆音で飛び起きた。何の音か分からずテラスのカーテンを開けると巨大な圧雪車が彼方の山を縦横無尽に走行している。「人口雪崩か!発破かけてるんだ、朝までに全部圧雪するのかなあ」とドッカンドッカン響く音になんだかすごいところに来てしまったと、ほんの少し恐怖を覚えた。
夜が明けて、隣のパン屋でパンを買い、ウエアに着替えて1週間分のリフト券を買いに行く。これがあれば670km滑り放題だが料金は約20,000円(当時)と意外に割安!でも、到底1週間では元は取れない。ゲレンデに出れば標高が高いので樹木などなんの目標物もなく、頼りになるのはポケットに仕舞ったマップと携帯のみ。友人とはお昼にどこのロッジで食事をするか場所と時間だけを決めてあとは自由行動。山頂に登れば、兎に角どこでも滑っていける。但し、コースから外れて谷に降りると登ってくる手立てはなく、板を外して決死の覚悟で登山するか、救助ヘリを要請するかだ。何度となく山の向こうから赤いヘリがバラバラと音を立て救助にやってくるもの見ているし、斜度40度のコブ斜面で板を飛ばして滑落してゆくスキーヤーも、リフトで移動中目の当たりにしている。「無理はせず、どこでもマイペースで」が合言葉となった。一番短いコースでも3〜4kmはある。昼の集合場所に仲間の誰かが30分以上遅れて、且つ連絡がなければ即時GPS検索してヘリの出動を要請するという約束になっている。毎晩「今日も無事で何より」と言いながら乾杯するのも楽しく、ガツガツ滑るのは止めて、疲れたら部屋に戻ろうと、お嬢様スキーに徹することにした。
シャモニーで出会ったマダムのように、AVORIAZにもお金持ちのコンドミニアムオーナーが何人か居て、同じタワーでいつも御目にかかるマダムは70過ぎ?いつもセントバーナードと一緒にカフェのテラス席でホットワインを飲んでいた(セントバーナードの毛並みと同じ色の毛皮をお召しになっていて、もしかしてペアルックかと!)。話しかけると、もう10年近く冬はコンドミニアムなのだそうだ。パートナーはスキー三昧だけど、自分はしないので、毎年数多あるカフェのホットワイン飲み比べを楽しんでいるのだそう。「あなたも毎年来ているなら、コンドミニアム購入したら?」と言われ、ちょっぴりその気になって不動産情報を集めてみたりした時期もあった。管理会社に委託すれば、使わない時は一般に貸し出してくれるし、言うほど管理費も高くないし…。待て!!そんな悪魔の囁きに乗るわけにいかない。当時の私は専業主婦で女子大生(40歳でも女子は女子)。贅沢は敵。いつかガッツリ稼いだら、或いはお金持ちの友達に買ってもらって借りよう。などと空想箱に夢をしまい込んだ。
AVORIAZでの出来事、出会いやアクシデントなどは、40代の私の冬の記憶そのものだ。数年して独身に戻り、自由な時間が増えたはずなのに、一方で仕事の責任が重くなり、現地集合の友人たちも次々ママになり、子育てに追われている。これを書きながら久し振りにAVORIAZのホームページを開いてみた。当時と変わらない雪景色に馬車の鼻息、のびのび滑るスキーヤーやお子様ゲレンデで一生懸命レッスンを受ける子供たち…。コロナが落ち着いたら、AVORIAZもお出かけしたい場所の一覧表に載せておこう。
山頂スイスとの国境にある十字架、大きさは10mくらい |
1回1000円の馬車。子供に人気 |
HPです。見るだけでも楽しいので興味のある方はどうぞ!!https://www.avoriaz.com/en
|