■21世紀は「人」への回帰の時代である
都市は、建物や道路、そして上下水道などのインフラだけで成り立っているものではなく、「人」が生活し様々な活動を行い、永い年月を費やして綴られる壮大な物語の中で形成されていくものである。
Society5.0(経済発展と社会問題の解決を両立する持続可能な社会)やSDGs(誰一人取り残さない世界の実現)の理念はどちらも「人」が中心の社会をつくることにある。
例えば音楽の世界では、今やインターネットで世界のどこにいても好きな曲をコストをかけずに聞ける時代になっているにも関わらず、ライブ・コンサートの売上は増加して数年前にCDなど音楽ソフトを逆転している。テクノロジーが発達すればするほど、人は時間とコストと労力をかけてリアルな空間と感動の体験を求めるのである。
世界のどこでも自由に生活でき、また仕事ができる時代において、人々に魅力を感じてもらい、選ばれる街をいかにつくるかが非常に重要だ。ディベロッパーとして単にマンションやオフィスビルを建てるだけではなく、街や地域全体の魅力向上を合わせて考えなければならない。魅力的な街づくりのための重要なテーマは、「唯一無二性」と「人との関係性」、すなわち「文化」である。
■魅力的な都市・エリアの要素
都市の評価指標やランキングには様々なものがあるが、それぞれの結果はまちまちであり必ずしも魅力度の指標として適切かどうかは分からない。その中で特に興味深いものとして、「本当に住んで幸せな街・全国官能都市ランキング」がある。これは統計的な評価ではなく人間から発想する都市像、つまり人の行動に着目したランキングとなっている。そのアンケートには、例えば時にはハメを外して遊びたいという人間の欲求が満たせる「匿名性」や、最近デートをしたかなど人間の本能に近い行動を問う「ロマンス」の項目もある。これらは街の魅力を語る上で大切な側面である。その他、「食文化が豊か」「街を感じる」「自然を感じる」、安心して楽しく気持ちよく「歩ける」などの項目で構成されている。この中で「食」と「歩く」に着目し、魅力的な都市・エリアの要素である「多様性」「回遊性」「唯一性」の観点から各都市の魅力について考察をした。
■文化度の指標として「食」に着目した都市の比較分析
我々はホテル事業を展開するにあたって、単なる宿泊施設ではなく新しい付加価値を生むホテルの立地を考える場合、周りに美味しい店がたくさんあればその魅力度は上がるのではないか。そして美味しいお店があるエリアは、歴史や文化が蓄積された魅力があるのではないか、という仮説を立てた。食べログの総合評価値の高い(3.6以上)飲食店の密度により東京を除く政令指定都市を評価してみると名古屋は大阪、京都に次いで3位となるが、都市の文化度をより具体的に把握するためにはその分布も見る必要がある。
東京の高評価飲食店(食べログ3.7以上)の分布を見ると渋谷や新宿など人の集まるターミナル駅にはあまり集まっておらず、街のブランドが確立している銀座や広尾、南青山など、歴史や文化が豊かで近傍に高級住宅地があるようなエリアに集中していることが分かる。
人間がストレスなく歩ける距離は約500m、少し頑張って歩ける距離は約1kmまでだと言われているが、大阪、京都、福岡、札幌の街の都心部を見ると、高評価飲食店や美術館等の分布が歩ける範囲に集中しているエリアが存在している。つまり高付加価値のホテルの立地に適するような文化度の高いエリアが明確になっているということである。一方、名古屋は都心から離れた広い範囲にお店が分散しており、他の都市に比べて焦点がはっきりしない。また、主要な城下町を見ると都心部からお城か中央駅が歩ける範囲内にある場合が多いが、名古屋はそれぞれが2km程離れている3角形の位置関係となっている。これが名古屋の街の特徴でもあり、難しい点であるとも言える。一方で都心の栄周辺からもう少し俯瞰して広く街を見てみると、名古屋城の他にも白壁、四間道、大須、白川公園など歴史や文化、自然にあふれた特徴的なエリアが点在している。中川運河は水面と街の間に堤防や段差がなく、日本の都市には珍しい貴重な親水空間となっている。このように名古屋には魅力的なコンテンツは多いが、それぞれが分散しておりまとまりや繋がりがなく、街としてもったいない印象だ。スケール的に徒歩による回遊性の実現が難しいという課題の解決には、自転車やコミュニティバス、トラム等を活用している世界の先進事例も参考になるだろう。
■「遊歩者」の視点による街づくり、栄の活性化に向けて
遊歩者とは単に歩く人ということではなく、街の魅力を楽しみながら回遊する「人」を意味している。この「遊歩者」の存在が魅力的な街の重要な要素となっているのだ。表参道や銀座、パリのオペラ通りなど街のシンボルストリートは延長1.0〜1.2km、その両端に駅やランドマークがあり、周辺に色々な界隈空間が存在し、エリアとして回遊性と多様性に富んだ魅力的な街を形成している。
栄は久屋大通や大津通、錦通、広小路などの南北東西2本ずつの幹線道路により4つのエリアに分断されている。それぞれのエリアが独自性を持つのは良いことだが、幹線道路を自由に横断でき各エリアを回遊できることがより重要である。道路が遊歩者にとって魅力的なシンボルストリートになるには、その直行方向の人の流れが不可欠なのだ。
久屋大通公園もリニューアルされ素晴らしい公園になると思うが、そこだけが良くなるのではいけない。公園の周りの歩行者環境を改善して、自由に楽しく人が回遊し、周辺に魅力的な界隈が創成されることが大切である。
人がストレスなく歩ける街区の大きさは1辺50〜60m程度だと言われている。名古屋栄エリアの街区は100mほどあり、歩くには退屈を感じる大きさだ。従って一街区の開発を行う場合、敷地内に公共的な歩行者動線を挿入し、実質的に街区を分割することが回遊性を増す有効な手段となる。栄における当社のプロジェクトとして、アーバンネット名古屋ネクスタビルが2022年に竣工する予定だが、桜通りとかつての飯田街道に挟まれた立地を生かし、新旧の棟の間にコミュニケーションスペースを設け、どちらの通りにも自在に行き交うことができるよう計画した。ワーカーを始め多くの人々が訪れ賑わう場所になり、栄エリア全体の活性化に貢献してくれることを願う。