コラム1 【さっかの散歩道】 No.25
長瀬電気工業株式会社
代表取締役 屬 ゆみ子
『 かえるの唄 』
梅雨の中頃、換気のために少しだけ開けているベッドルームの窓から、ギェギェという鳴き声が聞こえるようになった。始めは何の音なのだろうと、さして気にも留めていなかったが、よくよく考えてみると、昔懐かしいカエルの鳴き声だ。自宅の少し北を流れる黒川で変態したカエルなのだろう。おそらく一匹で、合唱ではなく独唱。部屋の電気を消して、寝入るまでの子守歌代わりに、楽しませてもらっていた。
<ケロケロ>でも<ゲロゲロ>でもなく、この鳴き声の持ち主は一体?と調べてみると、アマガエルのようだ。カエルの鳴き声を聞いたのは、それすら忘れるくらい昔の、小学生の頃だろうか。名古屋市内で育ったとはいえ、近くに用水路があって、町内でもお転婆で名の知れた私は、夏ともなるとスカートをまくり上げ、用水路にひざ上まで漬かって、オタマジャクシすくいだの、ヤゴ探しだのに明け暮れていた。オタマジャクシの観察日記は小学生の「夏休みの課題」の定番で、川に集まって来た子供たちのために、せっせと『漁』をしていたのだ。そのオタマジャクシたち、数日後にはちゃんとカエルになって、観察していた子供たちの、かなりの家から脱走し、川辺に戻って夜な夜な大合唱をしていた。
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それが、いつの頃からパタッとの鳴き声が消えた。母に尋ねると「カラスに捕食されてるんじゃないの?」との返事。でもカラスって昔からいたはず…なのだが、それくらいカラスが増えたのか、オタマジャクシの数(カエルの数)が減ったということなのだろうか…まさか乱獲した私のせい??
カエルの大合唱と言えば、中世のフランスで「カエル税」という税金があったのをご存じだろうか?これは税金というより罰金なのだが、とある領地のお城の近くでカエルが大発生し、あまりの騒音に、夜な夜な悩まされた領主が、小作人たちに
「このカエル、誰の耕す土地で何匹発生したかを調べる故、カエルの数が多い小作人は、過分の上納をすべし」
と言い放ち、小作人たちはとにかくカエルを捕獲したそうな。後にこの地からカエルが消えるまで「カエル税」として小作人たちを苦しめたとか。ん?!もしかしたら、フランス人がカエルを食べるようになったのはそれが始まりなのだろうか?
実家の玄関先で羽化した?抜け殻 |
そのカエルの鳴き声が止むや否や、梅雨の止み間にアブラゼミの第一声。
記憶も定かではないが、セミって梅雨明けから鳴くのではなかったっけ?この頃は随分せっかちになったものだ。「真夏の太陽」と「かき氷」と「ミンミンゼミ」捕りや鳴き声は、夏のワンシーンとして絵日記の一ページを今も昔も飾っているが、そのミンミンゼミ、最近はアブラゼミに席巻されて、この辺りでは殆ど見られなくなった。あの、頭蓋骨にまっすぐ刺さるような『ミ〜ンミンミンミィ〜ン』は、山間か高原でしか聞かれなくなっているらしい。
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また山と言えば東京時代、毎年夏の終わりに八王子の高尾山にある『山のビアガーデン』に涼みに行っていた。日暮れ前に、高尾山口からケーブルカーではなくリフトに乗ってゆっくり山頂のレストランを目指すと、大体入場に30分は待たされる混雑ぶり。メニューは至って普通で、決してお得なわけでもないし、夜景も言うほどきれいなわけではない。なのに何故わざわざ八王子くんだりまで出かけてゆくのかというと、その理由はただ一つ、山にこだまするヒグラシの声を聞くためだ。あくまで主観だが、高尾山のヒグラシは霊山に生を受けているだけあってその鳴き声たるや大変清々しく、心が豊かになる。山のそこかしこで鳴くのだから、それはそれは大音量なのだが、まるで有り難い歎異抄を聞いているかのような気持になったりする。それを夏の終わりの禊ぎとしていた。名古屋に戻ってヒグラシの鳴き声は全く聞けなくなってしまったが、もしどこかで鳴いている場所があるなら足を運んでみたいと思っている。
さて、カエル。日本では「カネカエル」「ワカガエル」「ヨミガエル」など韻を踏んだ縁起物として、様々なグッズがあり、またメーカーのキャラクターに採用されたりでコレクターも多い。カエルの声を聞いたのがきっかけで、実は処分しようとしていた洋服を「よみがえ」らせてみようかと思い立った。何シーズンも気に入って着ていた洋服が色落ちし、捨てるのも後ろ髪を引かれたので「黒」に染め直しすることにした。京都で着物の「黒染」を専門にしている工房で、物にもよるが一着数千円で染め直してくれるというのだ。着物自体が下火な昨今、染の技術を後世に残すべく始めた事業展開だったようだが、今では利用者も増え、着物の売り上げに迫るくらいにまでなったそうだ。
蘇った洋服が戻ってくるのは8月中旬。新調した気分で装って、カエルのイラストがお気に入りのオーストラリア・マーガレットリバーのワインでも飲みつつ、この夏を乗り切ろうと思っている。
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カエルワイン |
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