■はじめに:投資仲裁とは
本日は国際投資紛争の代表的な解決手段として25年ほど前から広く利用されるようになった「国際投資仲裁制度」を中心にお話させて頂く。国際投資仲裁とは外国投資家と投資受入国(被申し立て国・相手国)との間の投資に関する紛争を解決するための手段だ。投資仲裁が広く利用されるようになった理由には、相手国の国内裁判所で行われる国内裁判との比較で、(1)政治的中立性、(2)専門性といった国内裁判とは異なるメリットが存在することが挙げられる。
まず国を相手にした案件において、相手国の国内裁判所が政治的中立を保てるかには大きな疑問が存在する。また一部の例外となる国を除き、国内裁判所の裁判官が国際法に高い知見を持つことは稀だ。対して投資仲裁は、基本的に紛争当事者である投資家と相手国、当事者の合意により選ばれる3人の仲裁人により行われるため、政治的中立性が確保される。つまり、紛争当事者が自分達で選んだ専門家に紛争解決を委ねられることが大きなメリットだ。
一方で、国内裁判とは異なる点として、仲裁を開始するには相手方の仲裁への同意が必要となる。相手方の同意がなければ仲裁を開始することができない。投資受入国からすれば国内裁判所を選びたいと考えるのが普通だが、(1)投資を積極的に受け入れたい国が紛争時に投資仲裁を採用することを国内法で規定する、(2)投資家と投資受入国の間の契約で仲裁条項を規定する、(3)投資協定(条約)で仲裁を規定するといった手段でギャップが埋められている。最も多く利用されている仲裁機関は、ワシントンにある投資紛争解決国際センター(ICSID)だが、当事者の合意に基づき、ロンドン、パリ、ストックホルム等、様々な仲裁機関で仲裁が行われる。
■投資家保護のための国際法−投資協定
投資協定とは互いに外国投資の促進・保護を行うことを主な目的として、国同士で結ぶ国際条約で、経済連携協定(EPA)における投資章や、二国間・多国間投資協定で定められる。この2つを合わせて世界で3000を超える投資協定が存在している。その中身として、(1)投資保護のための実体的義務、(2)投資家対国の紛争解決手続きという2つの柱が存在する。(1)投資保護のための実体的義務としては、差別禁止(内国民待遇・最恵国待遇)、公正衡平待遇等が挙げられる。様々な義務は投資受入国の主権を制約することにもつながるが、投資受入国は外資による投資の呼び込み、投資家輩出国は投資家保護による海外投資促進の利益が上回るという判断の下、投資協定が締結されてきた。(2)投資家対国の紛争解決手続きが、先ほどから申し上げている投資仲裁の手続きとなる。全ての投資協定が投資仲裁を既定しているわけではないが、これまで日本が締結してきた投資協定では、一部の例外を除いて投資仲裁が規定されている。投資協定には自由化型、保護型の二種類が存在し、自由化型投資協定では国防や技術上の忌避分野での留保はあるが、原則として参入にあたっても内国民待遇を要求できる。一方で、自国産業を保護しなくてはならない途上国では保護型が結ばれる。保護型では投資参入に際し規制を行う権限を投資受入国は有するが、その場合でも参入後は内国民待遇を保証することとなる。
最近の世界的なトレンドは保護主義への回帰であり、米中貿易戦争でWTOに基づく自由貿易協定の根幹が揺るがされていることはご存知の通りだ。投資においても先進国諸国が対内直接投資の規制の強化にかかっているが、この流れは今のところ先進国にとどまっている。日本も外為法の規制強化に動いているが、他方で、経済連携協定の締結では積極的な姿勢を取り続けている。近年はTPPや日EU経済連携協定などの大規模EPAに力を注いでいる。また投資協定ではアフリカ及び中東各国との交渉に日本政府は力を入れている。
■投資仲裁の舞台裏
投資仲裁における主役は投資家(原告)と投資受入国(被告)だが、物語の行く末を決める準主役として投資仲裁の仲裁人が存在する。仲裁人は投資家・投資受入国がそれぞれ一人を選定、そして双方が合意により三人目の議長仲裁人が選定されて仲裁裁判所が設立される。脇役として法廷闘争を繰り広げる投資家と投資受入国双方の仲裁代理人も大きな役割を果たす。投資家の母国、投資受入国の企業や国民、NGO等の団体も仲裁裁判所への意見提出なども頻繁に行われ、紛争当事者以外の役割も見逃せない。また仲裁が終わった後、投資家が投資受入国から賠償請求権を勝ち取った場合に、投資家が満足を得られるか、仲裁判断が履行されるかどうかの最後のカギは、仲裁判断の執行を求められる国の裁判所が握ることになる。
投資仲裁に訴えれば勝てるのかというと、投資家勝訴の比率は47%と実は投資家が負けるケースがやや多い。また投資家が勝訴した場合の請求額に対して認められる額の割合は約15%となっている。一般の訴訟と同様に請求額はかなり盛った金額となるため、ぼろ負けという訳ではないと考えられるが、投資仲裁に訴えれば勝てるというものではない。勝つことができるのか、吟味に吟味を重ね、筋を見極めて、専門家の助けを借りて訴えることが必要だ。また投資仲裁にかかる費用は、仲裁人と仲裁機関に支払う費用だけで平均約93万ドル。ただし、ここには弁護士費用や賠償額算定の会計士を始めとする専門家証人費用が含まれておらず、実際にはこの何倍もの費用が必要となる。
■投資仲裁判断の執行
投資仲裁で勝訴して損害賠償権を勝ち取った後、投資受入国が自主的に仲裁判断を履行するのであれば問題ない。しかし、自主的に履行しない場合には、投資受入国の財産が所在する国の裁判所に対して仲裁判断の執行を求めることができる。ICSIDでの仲裁に関しては、ICSID条約(加盟国154)の規定により、加盟国は自国の最終審判決と同様に仲裁判断の執行をすることになっており、執行力が非常に強い。また非ICSID仲裁であってもニューヨーク条約(加盟国161)に基づいて執行されるため、国内裁判との比較で執行面では投資仲裁が有利だと言われている。
一方で、投資仲裁においては商事仲裁とは異なり、執行を求める相手が国となることから、主権免除(主権国家は他国の裁判権から免除されるという国際慣習法上の原則)に注意することが必要だ。多くの国では、国による商業行為などは主権免除の対象とならないという制限免除主義の原則を採用しているが、その場合でも執行の対象となる財産の性質が外交目的・軍事目的・文化的歴史的価値のある資産等の場合は主権免除の対象となる。また中国では香港を含めて絶対免除主義が採用されているので、いかなる理由でも執行ができないので注意が必要だ。
■外国投資のリスクへの対処
ではリスク軽減のためになにができるのか。まずは保険が挙げられる。世界銀行グループの多数国間投資保証機関(MIGA)では、途上国への対外直接投資を促進するために政治的リスクや非商業的リスクから生じた損失に投資保証を提供しており、執行不能のリスクもカバーしている。日本では政府保有の特殊会社である株式会社日本貿易保険(NEXI)が、カントリーリスクを含むリスクに対し貿易保険を提供している。最近では民間保険会社も海外投資保険を提供しているが、補償対象外項目の記載方法によっては保険の意味がなくなる可能性があるので、十分に注意することが必要だ。また投資受入国政府や下部機関との契約締結の際に、可能であるならば主権免除放棄の特約を規定することでも、執行不能のリスクは軽減されることになる。