テーマ: 『 南極における環境問題 』
日 時:20年11月19日(水)12時00分〜14時00分
場 所:名古屋観光ホテル 18階 伊吹の間
参加者:21名 |
三機工業株式会社中部支社 常務執行役員支社長
安藤憲正氏のご紹介
スピーカー:
大嶋 淳(おおしま あつし)氏
三機工業株式会社 環境システム事業部 エアロウイング部 エアロウイング課 主任 |
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●三機工業と南極観測
三機工業の技術者は昭和基地の汚水処理設備を設置し、稼動させており、主に昭和基地の環境保全を目的に越冬している。三機工業としては、私が越冬する15年前、33次隊の時に初めて越冬したのが始まりだ。その後、35次、38次、39次、40次、41次、43次と越冬している。私は第48次日本南極地域観測隊に参加し、三機工業としては5年ぶりの越冬となった。この年は南極観測が始まってから50年目にあたり、1957年に1次隊が東オングル島に昭和基地を建ててから、50年間継続して観測が続けられている。
●南極に行くまで
2006年3月に南極隊員候補生として乗鞍高原で冬訓練に参加することから始まり、その後4月には3日間にも及ぶ健康診断、6月には菅平高原での夏訓練を経て7月1日正式に採用され、三機工業から国立極地研究所に移籍出向となった。その後、11月28日の出発まで準備期間となり、かなり忙しくなる。
準備としては、まず物資の調達と梱包をする。その合間を縫って各種訓練を受ける。受ける訓練の種類は隊員によって違うが、私のような環境保全の枠では主に重機の取扱いの訓練が主であった。その他、水質分析、溶接などの訓練も一通り受けた。訓練を終え、「しらせ」への積み込みが終わるまでが準備期間となる。
南極観測船「しらせ」は日本の南極観測船としては3隻目となり、1隻目は「そうや」、2隻目は「ふじ」である。「しらせ」は私たちの代で最後の航海となり、今は使われていない。
以前は観測隊も晴海埠頭から見送られて出発したが、現在は積み込みを終えた「しらせ」が晴海埠頭を出て、その2週間後に隊員はオーストラリアのフリーマントルという西海岸の港で合流する。そこで生野菜などの食糧を積み込み、一気に暴風圏を南下する。暴風圏を通過すると氷海域に到着し、氷を砕きながら進んでいく。
昭和基地は南極大陸上ではなく、すぐ脇の東オングル島という島にある。東オングル島周辺に到着すると物資の輸送が始まる。輸送手段としては、雪上車と「しらせ」に積んであるヘリコプター2台を使う。ヘリコプターには重量制限があるので、重たいものは雪上車で運ぶが、この時期は、海氷が緩んでおり、危険な作業である。輸送が終わると「しらせ」は帰ってしまう。
●観測系と設営系
48次隊は35名で越冬生活をしたが、隊員は主に観測系と設営系の2つに分かれる。
観測系は、気象(南極の気象、オゾンの観測)、電離層(電波観測)、地圏(岩石、地形、海底の観測)、宙空(オーロラの観測)、気水圏(CO2、エアロゾル等の測定)という分野で、各大学や研究所から参加している。
意外と知られていないが、オゾンホールの発見は日本の南極観測隊によるもので、気象庁の忠鉢さんが発見した。これはフロンガスの規制などにつながった国際的に重要な発見である。他の研究としては、ドームふじ基地の掘削がある。ドームふじは過去の氷が積み重なった標高3810mのところにあり、深く掘れば掘るほど過去の氷が採れる。私の参加した48次隊でドリルが約70万年前の氷にあたる一番下の地面まで到達した。この研究の意義は氷に圧縮された大気を分析することによって、過去のCO2、オゾンなどの濃度を測ることができる事にある。
設営系には、私の所属する環境保全の他、機械、医療、通信、調理、アンテナ・LAN、建築・設営一般という分野がある。
●環境保全の仕事
環境保全の主な仕事として廃棄物の管理と排水処理の管理があり、他にも生活していく上で発生する環境に関連する案件はすべて仕事範囲に含まれる。
廃棄物は19種類以上に分別し、ほとんどの廃棄物は日本国内に持ち帰って処分する。ただし、可燃ごみと生ごみだけは、現地にある焼却炉や生ごみ処理機で処理してからその残りかすを持って帰る。私たちの48次隊で持ち帰ったのは238トンであった。尚、持ち帰りが始まったのは31次隊からで、その前は放置していた。環境の観測をしているのに環境を汚していては意味がないという考えが生まれたと共に、「環境保護に関する南極条約議定書」が制定された事もごみの持ち帰りの開始の背景にある。持ち帰り廃棄物の内訳としては、金属類(36.1%)や複合物(16.8%)が大部分を占める。その他、重機を使っての解体作業や廃棄物の梱包なども行なう。梱包した廃棄物は計量、マーキングして、500kg以上の大型廃棄物は氷上輸送、500kg以下の場合はヘリ輸送で「しらせ」に積み込む。1年間かけて整理した廃棄物を見送るときは、わが子を送り出すような気持ちだった。
排水処理には、三機工業の排水処理設備を使用している。排水の種類は、調理排水、トイレ排水、洗濯排水、洗面排水などがあり、排水の汚れを微生物による分解・分離して、綺麗な水を海へ放流する。一日に約5〜6トンの排水を処理している。私は、処理前、処理後の水質の分析を定期的に行い管理していた。設備の運転管理も毎朝行なった。特に一番寒い8月9月は凍結しないように、頻繁にチェックを行なっていた。凍らせてしまうと水を使えないので、お風呂も使えない、トイレも使えないという事態になってしまう。
その他、雪上車の故障によって漏れた不凍液の回収や、氷の解けている時期に、昔使用していたアスベストの撤去作業も行なった。
●南極での生活
南極での生活で一番みんなが参ってしまうのが5月31日〜7月12日の極夜(太陽が出ない期間)だ。この時期には精神的に疲れてしまう隊員も多いので、お祭りをやってみんなで盛り上げる。これは日本隊だけでなく国際的にどの基地も同じように行なっている。
その他、日常的にレスキュー訓練をしたり、南極教室といって、日本の小中学校に向けて南極から生の授業を行なったりもした。
南極といえばオーロラだが、結構な頻度で見られるものの本当に綺麗なオーロラは月に2回か3回見られるかどうかといったところだ。綺麗なオーロラを目の当たりにした時は寒さを忘れて2時間3時間見続けてしまうほどであった。その他、南極三大風景として氷山、ブリザードがある。
また南極では、ウェッデルアザラシ、アデリーペンギン、雪鳥等、様々な生き物が生息している。
(最後に、実際に南極で撮影された動画を見せていただいた。)
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