テーマ: 『 段通 』
日 時:20年6月3日(火) 12時00分〜14時00分
場 所:名古屋観光ホテル 18階 伊吹の間
参加者:21名
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スピーカー:
杉浦 秀一(すぎうら しゅういち)氏
杉屋工芸株式会社 代表取締役
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1.ペルシャの歴史
ペルシャの歴史は紀元前1500年頃アーリア人の一部族であるパールサ人がイラン高原に移り住んできたことに始まったといわれている。この高原を彼らの部族の名前にちなんで、パールサと名づけたことから、ペルシアと呼ばれるようになった。紀元前6世紀にはアケメネス朝ペルシアがオリエントを統一し人類最初の大帝国に発展した。また、香りを楽しんだり、高度なペルシャ絨毯といった非常に発達した文化も併せ持っていた。1501年サファビー王朝(1736年迄)が興隆し、現在のイランとほぼ同じ国境を持つ国家として栄華を誇った。又、それまで家内制手工業的に織られていた絨毯を宮廷用絨毯として数多く織るようになり、ペルシャ絨毯の基礎となった。
2.気候風土、シルクロードとペルシャ絨毯
イランの緯度は日本とほぼ同じで四季があるが、冬はシベリアから寒気が流れ込み零下37度になることもある。夏はからからの乾期で55度にもなるところもある。そういった過酷な暑さ、寒さから身を守るものとしてペルシャ絨毯を紡ぎ、常に死と直面しながら夢や願いを託し、絨毯の模様に感性を表現してきた。この絨毯は、やがてシルクロードを通って伝播され、各地の風俗や文化と強く結びつき、西はトルコ、東は中国にまで至る広大なオリエントの絨毯ロードを形成していった。一方、山脈と砂漠によって集落は散在し、民族、言語、文化、宗教が異なるために、絨毯のデザイン、色使い、素材、織り方、サイズまでもが地域(産地)や部族によって異なることとなり、絨毯は織られた村、民族や部族の名前で呼ばれている。クムシルクで有名なクム、正統派好みの落ち着いた古典的なデザインの多いナイン、小魚文様、メダリオン文様、絵画文様と幅広いデザインで作られているタブリーズ、最高級ウール絨毯のみを作る産地として名を馳せ、名品、傑作を数多く作っているイスファハン、アンティークの名品を多く生み出し、高い技術の絨毯としてイラン人が「年老いて尚美人、古くなっても綺麗に使える」と珍重しているカシャーンが五大産地と呼ばれているが、トルコのヘレケも有名な産地として知られており、その品質は今では世界一と言われている。
3.素材
ペルシャ絨緞は、実に多くの工程によって作り出される。縦糸、横糸と毛足となるパイル部分の糸から成るが、クムでは全てにシルクを使う。高級シルク絨毯は大変柔らかな手触りだが、安価なものは、硬い感じとなる。ウールカーペットの場合は縦糸、横糸には綿が多いが、主要産地の一つであるイスファハンでは縦糸にシルクが使われる。またイスファハン等高品質のウールカーペットには、コルクウールと呼ばれる仔羊だけの柔らかな羊毛が使われ、細やかで繊細なデザインが展開され、その結びの細かさにシルクと間違われるものもある。又、高級ウールカーペットは柄糸の一部にシルクを使い光沢を出す事で、柄の一部が浮き上がって見え、華やかで神秘的な感じのものもある。一般のウールカーペットにおいては、イランの羊が最も原種に近く、しっとりと軟らかくて弾力があり、使い込むほどに光沢が出てくる事から絨毯に適していると言われている。
4.染色
ペルシャ絨毯の魅力のひとつはその色彩の美しさである。古来、遊牧民族は植物や昆虫、鉱物などから抽出した天然染料によって、空や水の青、樹木の緑、そして花の赤等、絨毯の比類無き味わいを持つ色に染め上げてきたが、天然染料ではしっかり染める事は簡単ではなかった。1856年にイギリスで抽出に成功した合成染料(アニリン染料)は、安価で染色も比較的簡単であったため、ペルシアの染色職人にも急速に普及した。しかし、繊細な色が表現できない上、色褪せしやすいものであったため1890年代には、ペルシャ絨毯の質の低下を恐れた当時の君主ナシーナ・アッディン・シャーによって使用が全面的に禁止された。 そこでイランは触媒技術によって、品質が向上し比較的色褪せもしにくくなった現在のクローム系染料を開発した。しかし、天然染料にこだわり続けている工房もあるし、遊牧民にはお金も掛からない天然染料を使っているものが多く、手間を掛けしっかりと発色よく染めるので、却って、他の国の絨毯と違い古くなっても色褪せしない、素晴らしい色になっていくものがある。
5.デザイン
遊牧民の織る素朴なデザインの絨毯は、地域や部族に受け継がれているデザインを基にして織られているが、代表的なものには、カーペットの中心に円形または楕円形のメダリオン文様を配し、四隅に同じモチーフの四分の一の形を置いたメダリオン文様、美しい樹木や放し飼いの動物、狩猟を楽しむ王候貴族の姿をモチーフ化した狩猟文様、ペルシャ王室庭園はパリダイザと呼ばれ、これがパラダイスの語源といわれているが、絨毯を拡げることで地上のパラダイスを現出させることができる庭園文様、祈りの時には文様がメッカの方角を指すように敷かれる礼拝用絨毯に使われるミフラーブ文様、生命、長寿、繁栄などの象徴であり、イスラム教の宗教的シンボルでもあった生命の樹文様がある。このように写実的なものから、様式化されたパターンまで様々なデザインがあるが、いずれも砂漠の民の憧れを込めて織られたものであろう。
6.色彩の意味
ペルシャ絨毯は、産地などにより微妙に意味が異なるが、華麗な色使いにもまた様々な意味が込められている。代表的な色とその意味を簡単に紹介すると、天国の色とされ「真実」を意味する青、「健康と喜び」を表す赤、「神の英知」を意味するローズ・ピンク、「信仰心」と「愛国心」を表すオレンジ、「悲しみ」と「平穏」を表す白、予言者の上衣に使われる色で「不滅」を意味する緑といったところである。
7.織り方
大きな絨毯になると数年という気の遠くなるような時間をかけ、1本1本の糸を結び、じっくりと丁寧に織り上げられるものもある。縦糸に模様となる色糸(パイル糸)を結びつけて行くのである。織りの工程は気の遠くなるような作業の繰り返しだが、1日掛かってやっと数ミリ進むというようなもので、ペルシャ絨毯の制作の中でも最も時間のかかる作業である。パイル系を結ぶ結び方は、トルコ結びとペルシャ結びの二つに大別される。トルコ系の織り手はトルコ結び、イラン系の織り手はペルシャ結びで織るが、こうして結んだ結び目をノットといい、一般的にノット数が多ければ多いほど高級な絨毯となる。逸品ともなると1枚に数十年かかるものもある。
8.仕上げ
ペルシャ絨毯は織り上がると石鹸を付けてブラシで洗われる。揉んだり絞ったり出来ないので鉄の棒状のものでしごいて水を押し出す。こうすることによって長い織りの過程の埃や余分な染料、切り屑を洗い出し、絨毯もしなやかになっていくのである。洗い終わると天日に干し、裏からアイロンを掛けた後裏返しの状態で板の間に釘で打ち付け、引っ張って整形し、パイルの表面を扇形のナイフで平らに刈り揃えるシャーリングが施される。更には、絨毯がほどけて来ないように縦糸を絨毯の際で結んだり、エッジの縦糸に糸を巻きつけたりと、それぞれの工程を熟練した職人の膨大な時間と労力によってやっとペルシャ絨毯は完成となる。
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